今日の夕飯にこれを使えと言われ、手渡された袋いっぱいに詰められていたのはこの季節がまさに旬の栗だった。どこから手に入れたのかは分からないが、ビール片手にせっかく機嫌良くソファーでくつろぐ綱吉にわざわざそんな野暮な事は聞けないため、笹川は黙って今晩のメニューを考える。(どうせまたどこかの山で無断で盗って来たんだろう。)


「という訳で、今日は栗尽くしだ。」

茶碗の中の米がほこほこと温かい。それを眺める骸が美味しそうですねと言うのに、獄寺が隣で一人渋い顔をしながら俺甘いの苦手なんだよなあと小さな声でぽつりと零す。ご飯の中にごろごろと転がっているたくさんの栗を一つ、箸で摘んでしばらく睨めっこ。
何やってんですか君は、と呆れた骸が溜息をつきながら獄寺の茶碗から栗だけを取って食べてくれるのに(子供か。)言葉には出さないものの、感謝しつつ残った米だけを食べる。


「いらないなら僕が食べたのに。」

みんなから少し離れたソファーで笹川特製のモンブランケーキ(ホール形。)を食べていた雲雀がそう言うのに、君はそれで十分でしょう…と見ていたら胸やけを起こしそうな光景に目を反らしながら骸が返した。


「じゃあヒバリ、俺のやるよ!」

にかっと笑って立ち上がった山本が雲雀の隣へと座る。あーん、何て言いながら箸で摘んだ栗を差し出すのに少し眉を寄せたものの、おとなしく口を開けた雲雀に山本が嬉しそうに笑った。もぐもぐと口を動かしながら次をねだるような視線を向ける雲雀が山本の服をつんと軽く引っ張るのに、それをじーっと見ていた骸が小さく萌え、と呟く。あれはどう見ても餌付けじゃねぇか?話し掛ける獄寺の声はどうやら届いていないようだ。


「面白いことをするなあ、山本。」

そしてドスを効かせた声がその場に響く。のほほんとした雰囲気を放っていた山本と雲雀だったが、やはりそれは長くは続かない。やべえ調子に乗りすぎた、と冷や汗を流す山本が雲雀から離れなければと思いソファーから立ち上がろうとしたものの、目の前には既に口元を歪めた綱吉が立っていて、それはもう凶悪なオーラを放ちながら山本を見下ろしていた。
山本は勿論、一同の間にも緊張が走る。(下手したら巻き添えを喰らうことになってしまう。)二人に一番近い場所にいるくせに、我関せずでまたケーキを食べ始めた雲雀の神経が少しだけ羨ましい。


「口開けろ。」
「く、口?」

命令に恐る恐る口を開けると、舌の上ににゅるりと何かを出される。得体の知れない感触に何だこれと思いながら綱吉の手に握られている物を見るとそれは緑色のチューブで、そして恐ろしい事に真ん中に黒くごつい文字で『わさび』と書かれていた。(どこから出した?)

「〜〜!!!?」
「吐いたらどうなるか分かってるな?」

ソファーから転げ落ちた山本が床でうずくまる。ぼろぼろと涙を流す姿を舌なめずりしながら楽しげに眺める綱吉の姿に、その場の空気がさーっと一気に凍り付いた。

「やっぱりお前も泣き顔が一番可愛いな。」

山本の顎を掴み、涙をぺろりと舐めながら綱吉が笑う。恐ろしい人だ…!すっかり静まり返った食卓に聞こえるのは規則的なリズムを刻む時計の音だけ。
どうか犠牲は一人(山本)だけで済みますように!ていうか僕たちは関係ないはずです!極限に嫌な予感がする!ランボさん辛いの嫌だ!それぞれが思いのままを心の中で叫びながら、どうかとばっちりだけは受けませんようにと切実に願うが、今までの経験上そんなことは無駄だと分かっている。

「お前らにも食わせてやるよ。」

やっぱりですか。振り向いた綱吉の表情はものすごく生き生きしていて、その後ろに見える影は例えるならば鬼、悪魔、大魔王。
笹川の前に立った綱吉がにやにやと笑いながら分かってるな?と言うのに、男なら何のこれくらい…!拳を握った笹川が大きく口を開けた。

「〜〜!!」

そして口の中に襲い掛かる衝撃的な辛みに、やはり山本と同じようにその場にうずくまった。これは極限を越えている!耐えるために床をばんばん叩きながら悶える笹川の姿に、骸の顔から血の気がどんどん引いて行く。さすがに子供相手には遠慮したのだろうか、ランボには口の中ではなく鼻にわさびを塗りたぐる。(遠慮?)ツーンとする感覚に泣きじゃくるランボが暴れ回るが、いつもならうるせえアホ牛!と怒鳴る獄寺も今は沈静してしまっていた。

「骸。」

名前を呼ばれ、骸がぎくりと体を強張らせた。電流プレイだって拘束プレイだって、はたまた放置プレイも目隠しプレイも耐えて来たが、こればかりは無理ですってば!ミント味のガムさえ噛めないほど辛いものが苦手な骸が半泣きになりながら首を横に振る。


「イイ。最高だ、その顔。興奮する。」

この外道!叫べるものなら叫びたい。

「ほら、あーん。してみろ。」

あーんとかそんなキャラですか!?もう死ぬかもと覚悟を決めて口を開けようとした時、十代目ぇぇ!と何だか切羽詰まった声が聞こえ、見ると切なそうな顔をした獄寺が綱吉に熱い眼差しを送っていた。


「つれないですよ十代目!そんな奴にあーんなんて…俺も十代目にして貰いたいです!」

ああ、いつもの十代目ラブ病(命名、骸。)ですね。にぃっと笑った綱吉が手招きで獄寺を呼び、あーん、と言うのに、犬ならばちぎれそうなくらい尻尾を振っている姿が想像出来るほど獄寺が嬉しそうに口を開ける。フィルターのかかっている獄寺には分からないだろうが、あーんと言う綱吉の顔は笑ってはいるものの、人間がする笑顔にはとても見えなかった。
ふげーっと叫んで床を転げ回る獄寺を横目に見て、そして暢気にケーキを食べ続ける雲雀に助けを求めようと視線を向けるも、こちらを見てくれる気配すら無い。


(栗の甘さなんて無に等しいですね…)


ボンゴレの秋の味覚は、わさびです。

































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