文章

□優しい睡眠薬
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例えば、
貴方が愛おしくて眠れない夜は、

どう過ごしたらいいですか?



 優しい睡眠薬



最近あいつ元気ねえよなぁ、と甘寧が言った。

「ちゃんと寝てねえんじゃねえか? りっくんの奴」
「なんですって?」

書庫で兵法について調べていた孫桓は、同じように書物を漁っていた甘寧がぽつりと呟いたのを聞き、思わず開いていたページを閉じてしまった。
甘寧の言葉に他意はないようだ。
例えば夜毎の逢瀬が原因なんじゃ、だとか、仕事が早いからって色々頼み過ぎなんじゃ、だとか。
そもそも最近は互いに忙しく、会えたとしても廊下ですれ違う程度。甘寧もそれを分かっているからか、下世話な話はしない。真面目にりっくん…もとい陸遜の事を心配しているようだ。
孫桓は本のページを探しながら、平静を装い言った。

「そうなんですか?」
「ああ。目立たないけどクマ出来てるみてえだし」
「……」
「最近仕事多いから、それで疲れてんのかもな。頑張り過ぎて倒れてなきゃいいけど」

いくら忙しいとはいえ、全く気付かなかった。
孫桓が本を棚に戻すと、横目でちらちらと様子を見ていた甘寧が「行くのか?」と顔を上げた。

「あんまつつくと逆効果かも知れねえぞ」
「分かってます」

いつもと同じ調子で答えたつもりだったのに、言葉尻がわずかに攻撃的になってしまう。
孫桓はもう一度、今度はかなり慎重に同じ言葉を繰り返すと、書庫を出た。
空はよく晴れている。中庭の方からは武将たちが鍛練に励む声が聞こえ、孫桓は目を眇めた。
いつもであれば、孫桓もあの中に紛れて鍛練をしている。しかしなぜか知らないが、最近妙に大量の竹簡が回されてきていて、それをさばいているだけで一日が終わってしまうような有様だ。それは恐らく陸遜、そして周瑜や虞翻などの知将たち全員に言える事なのだろう。
知らずにため息をついていた自分にはっとし、孫桓は急いで陸遜の部屋に向かった。

「伯言、入りますよ」

一応扉を軽く叩き、返事を待つ。しかし中からは物音一つしない。

「伯言?」

まさか甘寧の言った通り、激務に追われて倒れているのではないだろうか。

「伯言!」

勢いよく扉を開け放ち、部屋に飛び込む。
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