贈物

□君の名を呼ぶ
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僕が久しく踏んでいなかった並盛の土を久方ぶりに踏んだ日だ。風の噂で沢田が大学受験の為の勉強をしていると聞いた。

1日でも1秒でも長く、そう彼が最後の我が儘を言っている気がした。彼の自由はいまや虫の息。…赤ん坊が三流四流の大学で許す筈がないからだ。出来の悪い恋人には無理難題に決まっている。

かくいう僕は今世間一般で言うところに当てはめるなら無職。高卒で職には就いたが昨日その貿易会社に辞表を叩きつけてきたところだ。

理由なんて、単純さ。
僕があの会社を必要としなくなったから。父親のつてで行った会社だけあって一年は僕の役に立った。でももう必要ない。
僕には並盛が一番だ。
あの国の空気はどうにも僕には合わない。でもその奥深くに暗い錆び付いた血の匂いがする。僕の職場はそんな国にあった。……僕は、イタリアにいた。彼が逃げに逃げ続け、今まさに彼を追い詰めるイタリアに。


「やあ、久しぶり。」


こちらもやはり久々に開けたいつもの窓。窓枠の向こうで彼が泣きそうな目で僕を、見ていた。


 
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