長篇

□予想外な直接的再会。
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予想外な直接的再会。 Side:雲雀






柄にもなくそれを運命、と呼んでみる。






パサッと書類の山にサインした書類を置いた。時計を見れば見回りの時間には少し早い時間。だがやることもない。
僕は学ランを肩にかけ直し、扉に向かう。


「見回りに行ってくる。」

「…少し早くは無いですか。何か用が…」

「別に。」


僕の意外な行動に草壁は疑問を感じているようだが、僕には関係ない。ドアノブに手をかけたところでふ、とある考えが僕の中に浮かんだ。


(あの子に会うかもしれない…。)


今まで見回り中に鉢合わせた事等一度も無いのだがふ、と思ったのだ。もしかしたらあの子は『風紀委員』の腕章を見たら怯えるかもしれない。…それはなんだか嫌だ。

もう少し、泳がせて、それから…


「い、委員長!?」

「何。」

「腕章は…」

「置いていく。」


いつの間にか腕章を外していた自分に驚きつつ困惑する草壁を残し僕は部屋を出た。



***



階を順番に見回って行き、一年生の階に差し掛かる。いつも見回りしている時間より早いとはいえ、下校時間はとっくに過ぎているのに電気がついたままの教室が一つ。


(電気の消し忘れ…厳重注意、か。)


電気がついたままの教室へと僕は一歩一歩近づいていく。他の教室に生徒が居ない様子から、僕は唯の『消し忘れ』と判断したのだが、その教室には生徒が一人、残っていた。


(あの子…)


ほわほわとした紅茶色の髪…。
入学式の日に会ったあの子に違いない。
…よく分からないが僕の心は群れを咬み殺しに行くときのように高揚した。

後ろ姿しか見えないが、何かを熱心に書いているようで僕にはまた気付いていない。
そっ、と開けたままの後ろの扉から教室に入り彼の後ろから覗き見る。…日誌だ。


「『騒がしかった』ぐらい漢字で書けないの、君。」

「ふえっ!?」


『今日の自習の時間はさわがしかった』と書き終えたあの子に少し苦笑いが浮かんだ
この子は結構馬鹿なのかもしれない。


(驚き方もなんだか間が抜けてるし。)

「あ、あなたは…」

「久しぶり。」

「お久しぶりです…。」


たった一度しか会っていない人間を僕が覚えてるのは珍しい。また話し掛けられるなんてほぼ無い。
…けれどそんな事をこの子は知らない。


「この前はありがとうございました。」


ぺこり、と軽く頭を下げる姿がなんだか面白くて軽く笑った。


「うん。式には間に合った。」

「は、はい!おかげさまで…。」

「君の名前は佐野?」


日誌の名前の欄に書いてある名前を読んでみればあの子は慌てて日誌を隠し首を振って違います、と答えた。


「これは今日、日直の子の名前で…」

「君、代わりに書いてるの。」

「あ、はい。なんか用事があるから書いといて、て言われて…」


と、苦笑いをしたのを見てなんだか無性に腹が立った。…とりあえず『佐野』を咬み殺したい気持ちでいっぱいだ。


「君の、」


口から零れた言葉は『佐野』への苛立ちではなく、常々思っていた疑問、いや質問。


「君の名前は、」

「沢田…沢田 綱吉です」

「綱吉…将軍と同じ名前だ。」

「あはは、よく言われます。親も何考えてこんな名前つけたんだか。」


間抜けな顔、苦笑い、沢田綱吉は笑うだけの生き物じゃないらしい。上目使いは癖?


「あの、…俺も、聞いてもいいですか、」

「ああ、僕は雲雀。」

「雲雀、先輩?」

「先輩なんてつけなくてもいいよ。」

「じゃあ…雲雀、さん。」


先輩、と面と向かって呼ばれるのも初めてだが【さん】付けも初めてだ。…よく考えてみればこういうこと自体が初めてなのかもしれない。新鮮なものだな、

とりあえず彼、沢田の言葉にそれでいいよと同意を示して時計を見た。早い教師ならもうすぐ帰る時間じゃないだろうか。


「日誌、出してこなくていいの。」

「あ、そうだ!忘れてた!」

「…今日はもう遅いから帰りな。」

「で、でも日誌…。」

「僕が出しといてあげる。」

「そ、そんな!ご迷惑ですから…」

「別に。職員室に用があるから。」

「でも…」

「もうすぐ日が暮れるから、早くしないと門が閉まるよ。」


沢田が抱えていた日誌を奪い廊下に出ると観念したのか、しぶしぶ沢田が鞄を持って廊下に出て来た。


「じゃあね、」

「雲雀さん、ありがとうございます。」

「うん。電気、忘れないでね。」

「は、はい!」


電気を切ってもう一度た頭を下げ、昇降口に向かった沢田の背を見送りながら一人、ため息をついた。


「…らしくない。」


こんなにも人に優しく接するなんて。
人生の中であっただろうか。いや、無い。






けど、単に気分が良かっただけだろうし。






そうやって、自分に言い訳をしているのも僕らしくない。
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