贈物
□君の名を呼ぶ
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空調の良く効いた部屋で、冷えきった机に片頬をつけて沢田が暇そうにこちらを見ている。
無事に入学出来た沢田は晴れて大学生。やっと夏休みが来る。
「雲雀さん、」
「何。」
難なく僕も大学生になり、まさかの彼と同級生。学生時代もずっと僕は好きな学年だと豪語してきたが、まさかそんな日が来るとは予想だにしていなかった。
並盛から近くてかつそこそこ名がある沢田が並盛を離れたくないと言ったため条件に唯一合ったこの大学になった。少しでも長く、奈々さんの傍にいたいのだ、と彼は言っていた。それでもやはりと言うか当然と言うべきか僕も沢田もただの大学生生活は送っていられない。沢田は長期休暇の度にイタリアに行くようになるため授業は卒業単位分だけとって語学に励んでいる…らしい。僕は僕で財団設立の準備をしているから家に帰ってからは気が休まらない。
沢田といるときだけ何も考えずにいられる。同級生だから、同じ学科だから、と理由付けしてまで引っ付きあってはいないけれど昼の時間やどちらも授業が無い時間、特に示しあわした訳でもないのに何故か二人でいることが多くなった。
「…何でもないです。」
「……何かあるの。」
勿体振る沢田に先を促すために文庫から目を離すと沢田が机に引っ付けていた頬を離して僕の方に向いた。彼と僕の距離は机ひとつ分。
「雲雀さん、一年間何してたんですか?」
「…普通に会社員だよ。」
「………会社、員…」
「何、その顔。」
「いっいひゃい、いひゃいでふ!」
「生意気な顔してるのが悪い。」
「ごめんにゃひゃいひひゃりひゃん」
「何いってるか分かんない。」
「ひひょい!」
「酷いのはどっちだい。僕が会社員も出来ないとでも?」
「てて……出来ないとは思いませんけどするとは思いませんでした…」
「まあ、結構好きだったけどね。」
「……」
「何、その疑いの目。」
「なんか、」
「うん。」
「…雲雀さん、大人になっちゃいましたね。」
「……随分残念そうだね?」
完全に本を閉じて、冷えた頬を指で撫でた。すぐに体温を取り戻す頬に軽く口付ける。
「まままま、また自然とそういうことする!!心臓が持ちません!!」
「そんな柔な心臓で僕の傍によくいられたね。」
「中学高校も別の意味でドキドキさせられましたけど!違いますから!」
「何が違うの?」
「こんなっ…こんな漫画のヒロインみたいなドキドキ、知らないですよ。」
折角机で冷やしていた頬に両手をあて、また体温をあげている沢田の姿は、確かに漫画に出てくる女子のようだ。身体はしっかりしてきて前より背が伸びたが雰囲気という奴が、だ。
「そう?頻繁に心拍数あがってたけどね。」
「……雲雀さんはやっぱそういうとこ鈍い気がします…」
「君に言われたら終いだね。」
恋とか愛とか、正直今もよく分からない。沢田が鈍いというのはまあ、そういうものに対して、ということだろうが沢田だってそういうのに疎いと僕は思う。
…昔はただ求めあうのが恋愛だと思っていた。沢田は僕を好いていると言った。不快じゃなかった。試しに傍に置いてみたらこれはいいな、と思った。ああこれが人を好く感情かと思ったときには求めずにはいられなかったのだ。まさしく炎の様な、彼の望む平凡な恋人関係にはなれなかったけれど、口付けをして抱き合ってセックスをして、それだけで満たされていたのだ。途方もなく。
今は、どうなのかと反芻する。
勝手に人の文庫を読んでいるこの恋人を僕は昔のようにがむしゃらに抱けないし、キスすらそんな風に出来ない。これが大人になった、ということでは到底ないし沢田もそういう意味で言ったのではないのは分かっている。……そう、ただ、今の方がちゃんと沢田を、沢田綱吉を愛しているのだな、と感じるのだ。