贈物

□絶対に貴方を愛さない宣言
3ページ/7ページ

 


今日の出来事。
そんな風に前置きして黒曜ランドの古びたソファーに腰掛ける僕が思い出すことはつい一週間前にお付き合いを始めた二人のこと。自然と口元が緩むのに頓着せず目を閉じると、ふっと意識は彼女との共有空間に堕ちる。


「骸様…」


そう微笑む彼女に今日の彼等のことを伝える。彼女が表に出ている時は僕は彼女の思考の片隅にいることもあるが、僕が表にいる時は彼女の精神はほとんど眠っている。それは僕に対する遠慮というよりも、病気を患っていた時はほぼ寝たきりで眠りの淵にいる方が慣れているからというのがあるようだ。

僕と僕のクロームの思考は全くと言っていい程違う。だが彼等に対する想いは一緒だ。彼等を見て勝手に幸せを感じているのは。


「明日はお前が表に出て会いに行ってくるといいですよ、僕の可愛いクローム。」

「……明日も、夕方からは骸様が表に…」

「お前だって会いたいでしょう?綱吉君に。」

「…ボスが笑ってるなら私も幸せ。ボスが笑ってると骸様も幸せそう。骸様が幸せそうなのが、私の幸せ。」

「……わかりました、また明日の雲雀君達のことを教えてあげますよ。」

「はい、骸様。」


そこで僕の精神は自分の肉体へと還る。自由にならない身体、力、目を開いても変わらない光景。幸せなどとは程遠い世界。唇を歪めることすら僕は自身の身体で出来はしない。


(無様な姿、ですね。)


もう一度目を閉じる。
千種、犬、クローム、MM、…彼等以外で僕と関わりが深いのは雲雀恭弥と沢田綱吉だけ。雲雀君はマフィアのボスを探すためだったランキングで堂々一位をとってしまった予定外の狂犬。そしてまさかの下位クラスだったボスの綱吉君。今だってマフィアを憎む気持ちは変わっていない。でも彼等は違うのだ。憎いマフィア共とは。……僕がそう思いたいだけだとしても。

初めは敵である、いや、あった、綱吉君を好きになってしまったのだと思っていた。よく見れば何となく愛らしいし、数々の苦境と事件を乗り越えた彼にいつの間にか惹かれていたのは確かだった。僕はその理由を恋だと思った。

だが、僕にはもう一人惹かれる人間がいた。雲雀恭弥だ。お世辞にも愛らしいとも愛想がいいともいえない、美人だけが取り柄そうな男だ。彼の強さと折れない精神は戦った時は相当骨が折れたものだし、結局僕は弱点を突くことは出来ても彼の精神を折ることが出来なかった。信念をもった狂犬だなんて、会ったことがない。興味深く面白い有り得ない存在だった。

そんな真逆な二人が何故か惹かれあっている、と知ったのはいつも通りに綱吉君にちょっかいをかけに行った1ヶ月前だ。今思えば綱吉君の雲雀君への信頼は過度だったと思うし、雲雀君は口で言っていることとと行動とのズレはちらちらと見えていた。が、決定的に確信したのはその日だ。

集中豪雨が話題になっていた春の終わりだ。梅雨時期とも重なってしまったせいか1日土砂降り。湿気に密閉された教室で居残るのは沢田綱吉だけ。


「くふふ、こんな日でも君は通常運転ですね綱吉君。」

「煩いほっとけ。」

「おや、つれないですねー。君に会いに態々この雨の中来たというのに…」

「別に来なくていいからっ!」


いつもは下校時間にばったりと会うようにしているが流石にこんな豪雨の中で会う気にもならず並中にお邪魔した。が、いつもより綱吉君の邪険具合が酷い。それもそのはずで、


「もうすぐ雲雀さんが…!」

「僕がなんだって、沢田綱吉。」

「ひっ!!」


雲雀さん!と喜びを露にしたいのかひぃっ!と悲鳴をあげて僕と雲雀君が毛嫌いする僕が出会ってしまった恐怖から逃げ出したいのか、中間の叫びが静かな教室に響く。


「こんにちは、雲雀君。」


一気に邪魔者になったと感じた。そしてそこで彼等が好きあっていることを悟った。きっといつもこの時間、二人で会っていたに違いない。他愛もない話をして。…そこに僕はいらないのだと。


「どうして部外者の君がいるの。」


殺気がチリチリと頬を焦がす。それは無論綱吉君も焦がしていることに雲雀君が気付く筈もなく、綱吉君は無条件の動物らしい恐怖を感じている。そんなことではこの臆病な生き物をものにすることなど出来ませんよ!と叱咤の言葉が出かかる。冗談でも煽りでも冷やかしでもなく、


(ああ、僕は綱吉君を愛してなんかなかったんですね……)


ただ、僕は彼に懐いているに過ぎなかった。過程は酷いものだが恨みの全てを打ち明けた相手。面白半分ながら放っておけない不安定さもあって、彼に会う時間は心地よくて、でも僕なんかが彼を幸せに出来ないことも無意識に分かっていた。
そこに表れた、僕が認めた存在。綱吉君が雲雀君を好きなら、雲雀君が綱吉君を想っているなら、僕が綱吉君の隣にいない現実も雲雀君の向かいにいない現実も受け入れられた。


「くふふ、」

「何?」

「む、骸…?」

「……今日は退散しますよ。計画を立てて僕は何度でも舞い戻ります…」

「な、何言って…」

「逃がさないよっ!」


雲雀君のトンファーが霧を打つ。無自覚な彼等を繋げられるのは僕しかいない。そう思うと胸が踊った。そして愛しさの対象は一つに限られるわけでないことも知った。僕はこんな二人が愛しかった。社会的にはどう考えたって不適合者な不器用な二人が、愛しかった…。それは胸を焦がすような胸に抱きたくなるような愛しさ。


 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ