贈物
□愛し愛され君いづこ
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やっと外せた晒しに肺に残った空気を吐き出す。誰もいない教室。優越感より先に出てくるのは今日1日が終わったかのような解放感だ。
ジャージと晒しを空に近い通学鞄に押し込んで机の中に置きっぱなしの教科書を広げる。
「つっなさーん!」
「おわぁわぁぁぁっ!!」
「ぐっもーにんぐツナさん!今日も良いお天気ですねー!」
「お、おう……ハルおはよう…とりあえず、手、離してくんない?」
「私からの挨拶ですよー!」
「朝から人の胸揉むのが挨拶な訳あるかっ!」
ぺちん、と手を叩くときゃん!と笑いの混じる可愛い声をあげたクラスメイトに俺は溜め息しか出てこない。にこにこっと太陽のように笑う彼女を、うやむやに許してしまう自分もいけないのだろうけれど。
「今日も朝早くからお疲れ様です。」
「いつも通りだったけどねー」
疲れたような声を出してみるも本当は逆で、いつも通りで良かったと喜んですらいる。日常が非日常に変わる瞬間なんてもう二度と味わいたくない。
「まだヒバリさんは無視ですか?ツナさんがこーんなに頑張ってるのに!いい加減ハルも怒れますよ!」
「それだけショックだったんだよ…俺だってお兄ちゃんいなくなったときはそんな気持ちだったもん。」
「でも…でも、あんまりです……」
俺の代わりにしゅん、としてしまったハルを元気付けるように席に座らせて俺は今日の英語の課題の話に話題を切り換えた。だんだんと元のハルに戻っていくのに安心しながら机の中にあった英語の教科書を開いて、二人で予習をした。
(雲雀さんの中のお兄ちゃんの存在はとても大きくて、俺なんかじゃ足元にも及ばないって、俺が一番分かってるのにな……)
約一年前失踪した兄。正しくは従兄弟なのだが、お兄ちゃんが、家康さんが自分には兄弟がいなくて寂しいから、とお兄ちゃん呼びを希望してきた。お兄ちゃんは少しドジだけど面倒見が良くて、俺がそう思う程に俺を大事にしてくれた。俺にも兄弟はいなかったから、俺にとっても家康さんは本当の兄弟で、大好きなお兄ちゃんだった。
『お兄ちゃん…?』
しん、としたあのマンションの薄ら寒さと主を失った部屋の冷たさは今でも夢に見る。突然、何も言わずにこの町を出て行ってしまった兄。勿論俺は大号泣して三日は家から出られなかった。それ以上に兄は、あの人の記憶を、止めてしまったのだ…
『いえや、す…?』
絶望したかのような、掠れたあの声、一度も聞いたことのないあの声を最後にあの人の、雲雀さんの感情は全て無くなってしまった。