贈物

□愛し愛され君いづこ
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授業が終わって園芸部の仕事である水やりを終えてからいつもの場所に行く。中学校と高校の間辺りにある商店街の終わりに設けられた簡易的な休憩スペース。なんの部活にも所属していない兄と雲雀さんはいつも此処に座って、俺が帰ってくるのを待っていてくれた。夏には温くなったジュースが、冬には冷めかけのココアが、いつも俺の定位置の場所に置いてある。それを飲み終えてからだらだらと三人で帰路につくのがお約束だった。


『ツナっ!おかえり!』


明るいお兄ちゃんの声と、その声に反応して本から顔あげ、少し笑って手招いてくれた雲雀さんと、満たされた俺の1日。

ああ、もうあの幸せは訪れないのか。また晒しをつけ直した胸の奥。きりきり痛んで。ぐっと痛む胃の辺りのジャージをぎゃっと掴んだ。


「おかえり。」


返ってくる言葉はなくて、いつもの定位置にあるココアを開けて口付ける。目の前にぽつんとしているカフェオレをそっと自分の方に引き寄せた。珈琲なんて嫌いだけど、こちらも開けて喉の奥に押し込んだ。また胃がきゅ、と痛む。きりきり、痛み続ける。


(ハル…俺だって止めたいんだよ……)


兄の、家康の振りを始めてもう一年になろうとしている。顔立ちが良く似ているのは分かっていた。これしか、俺は雲雀さんを元気付ける術を思い付かなかったのだ。こんな男装で雲雀さんが戻ってくるなら、簡単だったのに。

お兄ちゃんがいなくても繰り返し繰り返し、同じ日を繰り返し。


(雲雀さん…)


初恋は当然のように雲雀さんだった。好きな人いないのー?他愛のないクラスメイトの質問に俺は胸を張って何時だって「雲雀さん!」と答えたい。でも初恋は一瞬で終わった。俺の未熟な心が打ち出した精一杯の恋は、大好きなお兄ちゃんに、大好きな雲雀さんに打ち砕かれたのだ。


『ねえ、いつも一緒にいる人いるじゃん?』

『え、お兄ちゃん?』

『やっぱあれツナちゃんのお兄ちゃん?』

『う、うん……』

『ねえ、ツナちゃんのお兄ちゃんとさ、あの黒髪の人やっぱ付き合ってるの?』

『は、え…?』


突然のクラスメイトの言葉に鈍い頭はついていけず、その返事を小学六年生の彼女達はどう受け取ったのか、キャッキャッと笑顔を溢す。


『やっぱそうなんだー!めっちゃ仲良さそうだもんねー!やばー!』

『えー、私、黒髪の人苦手。ツナちゃんのお兄ちゃんが彼氏だったらなぁ…』

『うちらみたいなガキじゃ駄目だってー。』

『あの二人お似合いだってば!やっぱ私の言った通りでしょ?愛よ、愛!おっとなー!』


そうはしゃいでくるくる離れていった彼女達の会話の壁からことりと溢れた言葉は「でもやっぱ気持ち悪いよ」という辛辣な言葉だった。

男の人同士でも付き合えてしまうこと、それが一番身近な大好きな人達で起きていたこと、それを教えてもらえなかったこと、失恋と、大好きな二人を気持ち悪いと言われたショック……色んな思いを一気に味わって何も言えなかった。


「…嫌なこと思い出した……」


冷たくなったココアを一気に飲み込んで空き缶を捨てると雲雀さんが立ち上がり、帰り道を辿っていく。もう帰る時間かー、と空を見上げてから雲雀さんの背中を追った。返事が返ってこなくても、視界にいれてもらえなくても、いつも通りなことは救いで、彼の傍はやっぱり幸せだった。自己満足の男装を俺は続ける。お兄ちゃんが帰ってきて、この人とまた幸せな時間を過ごすまで。俺の恋が失恋で終わっても、俺は二人を気持ち悪いだなんて思わない。誰が敵になったって、誰が悪口を言ったって、俺だけは二人をずっとずっと応援してる。傍にいる。味方でいる。


 
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