贈物
□未完熟果実
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沢田はそっとシャーペンを置いた。
授業の終了時刻にはまだ暫くある。
そんなことは当然気付いている。
周りもシャーペンを持ってはいるが、最早動く気配は無い。
(駄目だ…ついてけない……)
諦めである。
今までの七瀬先生の授業スピードとは比べられない程の早さと密度の濃さにノートをとることを半ば諦めていた。
かといって分かりにくいのか、と言われれば分かりやすい、と答えるしかない。
分かっても記憶にもノートにも残らないのが雲雀の授業の問題点である。
(先生の頭ん中どーなってるんだろ。)
見たところノートに纏めてあるのを黒板に書いている訳ではなく、教科書にあることに補足をいれつつやっているようだ。
(やっぱ頭良いんだろうなー。)
ぼんやりと考え事をしていた沢田と雲雀の視線が合った、……かのように見えた。
沢田がきょとんとしていると雲雀は教科書を閉じ、持ってきた教材を纏めると
「今日は終わり。」
と急に宣言した。
あまりの急さに生徒は唖然としていたが、クラス委員が慌てて授業終了の挨拶をした
(まさか俺がやる気なさそうだったから、……とかじゃないよね…?)
若干の焦りを胸の中に抱えながら、教材を片付ける。クラスの女子は授業終了と共にさっさと帰ってしまった雲雀に文句を言いつつ、そこがまたクールで格好良い、と、全ての語尾に格好良いを付ける気じゃないかと言わんばかりに雲雀を気に入った様だ
(先生が格好良いと俺らは不利だよな………京子ちゃんは、どうだったんだろ。)
ちら、とクラスのマドンナを盗み見る。
京子は色めき立つ友人達の話を優しく相槌を打ちながら聞いているようだ。
(て、まあ、…先生が居なくても俺に彼女なんて出来る訳ないか。)
高校三年間どころか今まで生きてきて一度も彼女のいない沢田には切ない現実である
(彼女、か……)
女子を好きになったことが無かった訳ではない。今現在もクラスの、いやこの高校のマドンナである笹川 京子のことが気になるし、可愛い子を見れば目で追ってしまう。
でも可愛い子や、綺麗な子には大体の場合クラスで1番格好良い男子やサッカー部の子、野球部の子がその隣にいる。
可愛い子や綺麗な子は彼等の為に生まれてきたかのように必ず付き合っているのだ。
そう思うと話し掛けることも出来ず、ただ同じ空気の中で彼女達を見つめていることしか出来ないのだ。
(なんかなー)
負けた様な悔しい様な気持ちのまま、先程摂れなかった睡眠を摂るため、沢田は睡魔に身を任せた。