贈物

□永久に傍に貴方と共に
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清々しい朝の空気。
重く動きづらい身体を引きずりながらある学校の校門前に立つ。


「此処だ、並盛中学校…」


もうすぐ徒人には見えなくなる身体を校門横の塀の上に落ち着け、目的の人物が来るのを待っていると、学校から学ランを羽織った中学生が出て来た。


「あっ、……あー!!!あの人っ!」


懐かしさのあまり出た悲鳴を慌てて口を塞いで押し戻した。しかし、は、として手を口からはずす。


「……そっか、俺見えないじゃん。」


悲鳴に気付いた風もなく真っ直ぐ校門までやって来た少年を塀の上で体操座りをしながら見つめる。記憶よりもあどけないながらも何人も捕らえて離さない切れ長の瞳が少年がヒバリキョウヤである証だった。

ヒバリキョウヤという名前の人間がこの町にいると聞いたのは半月前。
その名前だけを頼りにこの町に着いたのが昨日の夜。やっとたどり着いた並盛中学校でやっと出会った人、ヒバリキョウヤ。


「やっと会えた、人。」


出会うまでどれくらい時が流れただろう。
移り行く時代の中、どんどん世界に置いていかれた。それでも現に留まっていられたのはもう一度ヒバリに会いたいという小さな願いがあったからだ。


「…でも、さすがに人がいすぎかな…。逃げよう。」


後ろ髪引かれる思いを抑えてひとり、ふたり、と学校に入っていく人を眺めながら離れた場所に移動した。これだけ人が居たら人ならざるものが見えてしまう人間がいないとは言い切れない。力を失いかけている脆弱な妖ですら見える者も…そんな不安を抱えつつ、中学校に全員収まったところで廊下に降り立ち、ゆっくりこっそり学校の中を見て回ることにした。

教室で授業を受けている生徒を見ていると何だか小さな箱に詰め込まれているかのように見えてきて、こんなところにあのヒバリが入っているのだろうか?と疑問が沸いた。しかし、彼は制服を着て校門に立っていた。うーん、と納得出来ないままヒバリを探し歩いた…のだが。


「…ご主人様、何処にいるんだろ。」


朝からずっと校舎内を見て回ったのに、朝以来ヒバリキョウヤが見当たらない。
もうすぐ黄昏になってしまう。


「うーん…」

「おおおい、おい、…おまえっ!」

「……?…」


振り向きかけて、立ち止まった。
自分は徒人には見えない。
きっと誰かを呼んでいるのだろう。一瞬声のする方に振り向きかけた自分を恥ずかしく思いながら足を進める。


「お前だよ、お前、俺には…俺には見えてるんだからな…UMA!」

「……………ゆーま?て、誰?」

「お、あ…あああああ!」


盛大な叫び声をあげているのは銀髪で煙草をくわえた少年だ。興奮した様子でこちらを興味深そうに見ている。


「俺、ゆーま、さん?じゃないんですけど…てか、どちら様?」

「あ、お、俺、あの…ごくでぃ、……ちっ噛んだ…ご、獄寺はや隼人です、だ!」

「……。」


絡みづらいなぁ、と顔に出ている筈なのに銀髪の彼…獄寺隼人は気付いていない様子で期待の眼差しでこちらを見ている。
表情で内心が分かるのはあの人だけなのだろうか?獄寺を置き去りに考えを巡らせるわけにもいかず、仕方なく会話を続ける。


「あの、俺、ゆーまさんじゃないんですけど…」

「UMAとはっ!」


びくっと肩が揺れた。
怖い、この人もの凄く怖い。


「未確認動物達の総称!俺が追い求める至高の存在っ!ツチノコを始めUMAには数えられていないものの俺は河童などの日本古来の妖怪も追い求めている。そのため!俺ははるばるイタリアからこの日本に留学してきた訳だ。そして、この日本には…」

「ちょ、ちょっと、ま…だ、だから何?」

「俺は気付いてるんだぜ…お前が人間じゃないことを……墨染の着流し、淡く光を放つ不思議な空気と同化する身体…、しかしUMAの資料では見たことはない。と、いうことは…」

「ことは?」

「アンタは妖怪、着流しから察するに日本妖怪…そうなんだろ!?」

「は、はあ…まあ、そう、かな?」

「なんの…なんの妖怪なんだ!?九尾の狐か、狸か…まさか…河童!!?」

「え、河童!?いや、…えと…鬼火です。鬼火の綱吉。」

「つなよし…妖怪には名前もあるのか…」


いきなり獄寺は何処からかメモとシャーペンを取り出し、綱吉を上から下まで眺めると一心不乱にメモをとり始めた。


「名前、まあ仲間うちでは。互いに認識し合わないとこの現世では俺達は存在していられないですから。でも、この名前はヒトに付けてもらったものなんです、昔。」

「鬼火、…これが鬼火、か…」

「あの、…聞いてます?」

「狐火とも人魂とも言われるあの鬼火………本物に出会えて俺感激です綱吉さん!」

「え、あ、ちょ…」


手を握ろうとしてきた獄寺を視覚的に避けることが出来ず、憐れ獄寺は顔面から前のめりに倒れた。


「すいません!!!」

「いえいえいえ!鬼火の貴方を俺如きが触れるはずがないことを失念していました!そうですよね、いやー感激っす!」

「は、はあ…」


ニコニコと笑顔を絶やさない獄寺に見つめられなんだか堪らなく恥ずかしくなってきた綱吉はごめんなさい!と何度か叫び全速力でそこから逃げ出した。

時刻は黄昏、逢魔ヶ時。

夕焼けが空を朱く染めるのと比例してどんどんと軽くなっていく身体。綱吉が人間と妖怪の自分の違いを1番感じる時間。
妖としてこの世に生を受けてどれ程の時が経っただろうか。面倒だったから数えるのもとっくの昔に止めてしまったのだが。
ただ人の生は瞬き程に短く感じる。
それくらいの時は過ごしてきた。
物悲しい夕暮れ。


「お、わ……とと、跳びすぎた!」


考え事をしていたためか、はたまた元来の注意力のなさが原因か、跳躍し過ぎてしまった身体を運よく開いていた窓に滑り込ませ、ふーっと安堵の息をついた。


「危な…変なとこ行って迷うとこだった」


へにょ、と頼りなく廊下に腰掛け、出てもいない汗を拭う振りをした。普段から地面より少し上にいて鬼火の癖に飛ぶことが少ないせいか、地面が近ければ近いほど綱吉は安心するらしい。


「……結局校舎の中に戻っちゃったよ。」


先程会った獄寺に恨み言を呟きつつ、再び外に戻るべく窓に足をかけたとき、


「…君、誰?うちの生徒?」

「へ?」


普通の教室とは空気が違う…応接室と名の付いた些か豪奢な部屋から学ランを羽織った少年−ヒバリキョウヤが不意に現れた。


「………あ、」

「僕の並中に不法侵入?……咬み殺す。」

「うえっ、ちょ待っ…待って!」

「待つと思った?」

「思いませんっっっ!」


飛んできた武器をすれすれで避けながら、顔を青くさせる。危険しか感じない筈なのに、どこかこの空気を懐かしく思った。


「じゃあ大人しく咬み殺されなよ。」

「むむ、無理っ!」

「煩い。」


しかし目の前のヒバリはそんな懐古にすら浸らせてはくれない。ヒバリが振り上げた武器が視界に入った。


「ちょっ…待ってくださいご主人様!」

「……は?」


トンファーを構えたヒバリの手が止まった…眉間には盛大に皺が寄っている。


「あ、すいませ……」


一気に機嫌が悪くなったのを感じ体が強張った。動きが止まったのは綱吉のことを何かしら覚えていたからかと期待してしまった虚しさに諦めが加わって、素直にヒバリの制裁を受けようと目をぎゅっと閉じる。


「……飽きた、帰る。」


雲雀は構えをとき、視線を逸らした。
言葉通り本当に興味を失ったのかそのまま綱吉を視界にいれることなくヒバリは綱吉の前から去っていった。


 
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