贈物

□永久に傍に貴方と共に
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泣いたら鬼火なんだから消えちゃうんじゃないの?泣いてばかりいた泣き虫で弱虫の綱吉をいつもその人は呆れた顔をしながらそう茶化した。鬼火の癖に、と。
そんな愛のある悪口が言える人だった。

ずっと傍にいようと思っていたのだ。
なのに花が散るようにあっさりとその人は死んでしまったから…今度はその人が現世に生まれ変わるまで待っていることにした……いつか会えると、信じていたのだ。


「やっぱ…忘れちゃったか。」


目頭から熱い雫が落ちる。
本当は分かっていた筈なのだ。妖とは違って人間は現世に生まれ変わる権利を得た。
だけどどんな人でも記憶を受け継ぐことは出来ない。許されない。そんなこと分かっていた…でもヒバリなら、雲雀恭弥ならそれが出来るのではないかと心の何処かで確信してしまっていた。だから見付けられたら、前と変わらず傍にいれるものだと思っていた。


「都合良すぎか、やっぱり」


紫がかった空に淋しさをそそられて、でも凹んでばかりいられなくて。今までは傍にいたくても傍にいたい人がいなかった。
今は違う。例え拒絶されても、殴られても嫌われても…拒絶されることが出来る。殴られることが出来る。嫌われることが出来る、貴方がこの世にいるだけで。


「女々しいなぁ、本当。」


この世にいるだけで、なんて綺麗事を言っているけれど出来れば拒絶しないでほしいし、嫌わないでほしい。綱吉を殴ることは本当はまだヒバリには出来ない、けれど殴られたくもない。さっきはそんなこと忘れていたけれど。あの人が生きていた時は、普通に殴られたし抓られた。その痛い記憶があったからだろう。

妖怪が住み処を追われ、その存在が信じられなくなって…存在を認識されなくなった妖怪は次々と姿を消した。八百万の妖怪が闇を徘徊していた頃はもう幻の様に遠い。
綱吉のように名前が知れているものでもその力は少しずつ削がれていた。
誰かに存在を認めてほしい。

掌を見つめる。
この町についた時とは違い掌の向こうは透けて見えない。さっき会った獄寺が鬼火という存在を認識してくれたからだ。お陰でヒバリの目に映ることが出来た。


「ご主人様…」


そう呼ぶと雲雀は必ず振り返ってくれた。
何度も呼ぶと欝陶しい、と綱吉を殴った。
それでも無視せず嫌そうに視線をくれた。


「…ご主人様……あいたい…」


会って、抱き着いて、今までどれだけ寂しかったか、辛かったか、苦しかったか滔々と語って終いに煩い、と怒られたい。
いつものように、話がしたい。

綱吉が雲雀恭弥に会ったのは山際の小さな庵だ。近くには決して小さくはない立派な町があるのに何故、山際の庵に人が住んでいるのだろう、不思議に思って盗み見た中に彼はいた。話し掛ける勇気もなく戸口をウロウロしていたら急に扉が開いて、少し不機嫌そうな彼が綱吉を見下ろした。


『なに、子狸。』

『た、狸!?』

『違うの。』

『俺は鬼火です!』


目の前の妖に恐れもせず、特に何の感想もなく彼は話を続ける。


『ふーん、で、何の用?用がないなら…』

『…ないなら?』

『…どうせ暇でしょ、街道の所に荷物置き場があるから、そこから荷物とってきて』

『ええ!?なんで俺が!?』

『妖怪なんて、昼間はすることないだろ。使い走りぐらいしなよ。』


見知らぬ人間にいきなり使い走りをさせられるなどと綱吉は考えてもみなかった。
抗議する前に扉をしっかりと閉められてしまい、開けた口も閉じざるおえない。

しぶしぶ使いもし、取りに行った荷物を渡す。中身は何かと尋ねると勝手に見ろと言いたげに渡したばかりの籠を目の前に置かれた。中には衣服と食事、それと


『薬ですか、それ。』

『薬知ってるんだ。』

『俺らを何だと思ってるんですか…』

『妖怪全体に言ったんじゃないよ、君に言ったんだ。』

『……。』

『何。』

『……俺だけ馬鹿にしてるて事ですか?』

『君、馬鹿だろ。』


彼が食事をしている間、追い出されないことを良いことに沢山質問をした。
出身地や好きな食べ物、その他諸々。

そして彼が江戸の町で商いをしていた事、奥さんと養子がいる事、街道の荷物があった場所のすぐ横が元使用人の家である事……彼が労咳である事を、知った。


『治らないんですよね、それ。』

『治らないし、移るよ。』

『妖怪には移りませんよ。』

『だろうね。』


弱々しく彼が咳込む。
決して強そうには見えないけれど弱い人間ではないだろうに、その姿はどんな人間よりも儚く心許なく見えた。


『……あの、』

『何。』

『身体辛いなら…その、俺が荷物、代わりに取りに行きますよ、これから。』

『どうして。』

『……自分が言ったんじゃないですか、妖は昼間は暇だろ、て。暇ですから行ってあげますよ。』

『…何が望み?』

『元使用人さんのお家、団子屋さんですよね。』

『そうだね。』

『町外れなのに時には行列が出来るとまで言われているあの…!!』

『……団子が目的なのは分かったから熱弁奮うの止めてくれる。』


呆れた顔をして、彼は呟いた。
綱吉は初めて嘘を、ついた。
今まで一度もついたことはなかったのに。この人間が一人で死んでいくだろう未来を感じて虚しくなったのか、何故かは分からないけれど嘘をついた。見届けたかった、とは言えなかった。彼は決して名前を明かしてくれなかったから、使用人のようにご主人様と呼ぶことにした。


『…綱吉、』

『つなよし?』

『君の名前。』

『なま、え?』

『固有名詞のが楽だろう?…うん、綱吉で良いんじゃない。』

『完璧に使用人扱いですよね。』

『君がそれで良いって言ったんだろ綱吉』

『だってご主人様が名前教えてくれないから……』

『いつかね。』

『いつか、て言ったらずーっと待ちますよ…妖怪は長生きなんですからねっ!』

『覚悟しとくよ。』

『……全然してない。』


妖怪は長生きだ。彼は馬鹿扱いするが鬼火の綱吉の方がずーっと歳が上だ。京の都にはあまり足を運んだことがないから政治のことや歴史なんかはよくわからない。でもこの町のことなら最初に土地を治めていた豪族からぐらい知っているし、今の藩主も子供の頃から知っている。


『言っておきますけど、俺のがご主人様より此処のことは詳しいんですからね!』

『例えば?』

『……うーん、と…今の藩主様は昔から、油揚げが大嫌い、とか?』

『………例えがそれなの?』

『理由が面白いんですよ、城の敷地の中に稲荷が祭ってあるんですけど、そこのお狐様がまだ幼い藩主様に狐火の使い方を教えてくれ、と言われて狐火を使うためには油揚げを食べねばならぬ、と嘘をついたんです。信じてしまった藩主様がその日油揚げを食べ過ぎて腹痛を起こし、一ヶ月もお屋敷で寝込まれたそうです。それから油揚げとお稲荷様が大嫌いになって。』

『…あの藩主がね……』

『見たことあるんですか?』

『何度か謁見したけど、あの人の子供の頃なんて想像も出来ないよ。』

『今はご立派になりましたから。』

『そういう話は仲間内で語られるわけ?』


人の不幸を布教するなんて人間みたいだねと人間へか妖怪へか、どちらへか分からない皮肉っぽい返答を彼は返す。


『知ってるのは城に住み着いてる妖怪か、俺ぐらいですよ。』

『こんな山の中にいる君がなんで?』

『お狐様が悪いことしたと後から思ったらしくて、ちょっと行って操られてこい、と言ってきて……』

『随分軽い口調だね。』

『まあ、振りですから。で、やっと腹痛から復活された藩主様から油揚げを投げ付けられまして、お前なんかに頼らずにこの藩は盛立てていく!と高らかに宣言されました。本当、ご立派になってー。』

『操られる振りをするまでなく、使用人か誰かがバラしてた訳か。』

『はい。それから沢山勉強したそうで。』


興味深そうに、楽しそうに彼は笑っていた…最初に見た仏頂面よりこちらの方が遥かに素敵な顔をしていた。

居場所が出来た。好き勝手にしていた時とは違う。居ても良い、と言われた場所を持てた。今の自分にはそんな場所はない。
ヒバリキョウヤの傍にいられる自信はないけれど、彼は優しいから纏わり付いたら、きっと何も言わなくなるだろう。そういう人なのだ。


「明日、もう一度、」


もう一度会おう。それからこれからを考えよう。ヒバリキョウヤに存在を認められず自然に従って消えるか、認められて、また長い日々の輪に戻るのか。
明日が綱吉の運命の分岐点だった。


 
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