贈物

□闇に溺れるヒト
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くらくらと世界が揺れていた。
起き上がると日差しが肌を射す。くらくらふわふわ、若干の居心地の悪さを感じたが次第にそれにも慣れ、現状を把握出来るまでになった。揺れる視界に映る室内はカーテンに遮られた陽射しに薄明るく照らされて誰かが住んでいた気配は感じられない。
光を反射した真っ白なシーツが自分に不似合いな気がしてそれをギュッと掴んだ。

此処は何処だろうか?自分は何故ベットに寝ているのだろうか?沸々と疑問が沸く。
白過ぎる自分の手を目の前に翳し、握ったり開いたりしてあっ、と声をあげた。
自分はバンパイアだった。
まるで気が付いたかのように思い出した。
一つ思い出すと芋づる式に気付く。
自分は誰かに仕えていた。誰かの世話をしていた。デーチモと呼ばれて。そして…


「ねえ、」


バンッと酷い音を起てて扉が開いた。
目を見開いたまま固まってしまったデーチモに黒髪の男が静かに声を荒げる。


「いつまで寝てる気?」


男は優雅にデーチモのと思われるベットの端に腰掛ける。年齢は20歳過ぎぐらいだろうか。デーチモの方に顔を向けると少し短めの前髪がサラリと揺れた。


「主人より遅く起きるってどうなの君。」

「え、……主人?」

「……まだ寝ぼけてるの?吸血鬼のくせに人間みたいに夜に睡眠摂ろうとするからだよ。」


やっぱり自分は吸血鬼なのかと納得していたデーチモの着ていたワイシャツの襟を男は掴み上げ無理矢理立たせようとするも男の行動に唖然としたままのデーチモは立ち上がることが出来ない。


「何してるの。早くしなよ。」

「あ、え、…ちょっと……」

「何。」

「訳が…わかんなくて、」

「訳がわからない?」


男は襟をそのまま自分の方に引き寄せてギロリと睨み上げる。その瞳はただ黒いだけでなく微かに光を反射して淡い色と深い黒とで綺麗なグラデーションになっていた。
こんな瞳はデーチモの記憶にない。


「何処まで寝ぼければ気が済むの?」


強い瞳に見詰められ、デーチモの思考が、記憶が揺らいでいく。記憶にない。こんな瞳は記憶にないのだ。自分の掌や身体の大きさからして長い年月この世に存在してはいるだろうにこんな純粋な瞳を同族から、または他の一族から受けていない。正直にそう言ってしまえば良いのに何故か意地を張って言い返してしまった。


「寝ぼけてなんて…」

「じゃあもう仕事に入れるね。」

「わ、…」


そう言って男は襟から手を離したくせに、強がりを分かっているかのようにベット端に再び腰掛ける。デーチモの混乱を手に取るように男は分かっている。分かる程に、この男にデーチモが仕えていたということなのだろうか。…デーチモの記憶が混乱しているだけで本当に正しいのは目の前にいる彼、デーチモの主が言っていることなのかもしれない。そう考え始めると主人に何ていう態度で接してしまったのだろう、と本当に申し訳なさそうな態度になり恐る恐る主の顔を見返した。記憶を整理したくて仕方ない。


「すみません……記憶が、混乱していて………あの、御主人様、?お時間があれば、少しお付き合いしていただいても…」


そこまで口にして自分の失態に気付いた。仕えている主に自分のために時間を割け等と使用人風情が言えるはずがない。
またやってしまった。居直るどころか追い出されても仕方のない態度だ。

慌てて訂正しようとしたデーチモの目に映ったのはさっきまで何処か苛立たしげだった表情を少し緩ませた主の顔だった。ついぼんやりとデーチモがその顔を見つめていると先程まで強く襟を掴み上げていた手で主はデーチモの頬を抓った。


「いっ…」

「そんなごてごての敬語いらないって言ったでしょ。…まあいいや。君が今まで以上に馬鹿になった訳じゃなさそうだし。」


デーチモの頬から指を離し、主がまたじっとデーチモを見た。


「何が聞きたいの。」

「え?」

「だから、君の曖昧な記憶を正してあげるって言ってるの。早くなんか言いなよ。」

「ほ、本当でございますか?」

「敬語。」

「あ、っ…と、……本当ですか?」

「僕の機嫌の良いうちに済ませなよ。」

「は、はい。」


いきなり機嫌のよくなった主に内心疑問を抱きつつも視覚に入っている情報以外何もない為、ひとつずつ聞くことにした。
あまりにも基礎的なことを聞いて怒られてしまうかもしれないがそれも覚悟の上だ。


「じゃあ、一つだけ…」

「うん。」


これを聞いたらつまみ出されるに違いない…どこか確信を持ちつつ質問する。


「ご主人様のお名前は、?」


少し引け腰になりながら聞くと主はああ、と何かに気付いたかのような返答を返したかと思うと緩く笑った。色気に当てられてどくり、とデーチモの心臓が波打つ。


「雲雀、だよ。雲雀恭弥。まあここにいる間は名前は無いから。そのままご主人様とでも呼んでいればいいよ。」

「ここ…?」

「ここは立地的には人間の領域だけど彼岸と此岸の狭間みたいなもの。」

「ひがんとしがんの間…?」

「…要するに魔物の住む土地と人間の住む土地の境界線。そこの管理をしてるのが僕だよ。」

「中立者…」

「そう、両者の仲介役。」

「……思い出せそうな、思い出せなさそうな…そもそもなんで俺記憶が…」

「…ちょっとした、事故だよ。仕事中の。記憶がまだ曖昧なら今日は屋敷の中の仕事を頼むから。細かいことは今から来る哲にでも聞けば良い。」

「は、はい…すみません……。」

「別に僕は君を責めてはない。そういうことだから僕は行くね。」

「え、あ、はい…すみませんでした……」

「いい、て言ってるだろ。今日は大人しくしておくんだよ。」

「はい。」


パタン、と扉が閉まったのを確認してデーチモは詰めていた息を吐いた。ぽつぽつと単語が記憶の琴線に触れるが未だに雲雀恭弥…中立者の彼に使えていたという実感が湧かない。彼と言葉を交わすたびにデーチモは彼からの返答を我知らず恐れていた。初めこそ恐ろしかったが彼からは優しい言葉しかかけられていないのに。


「なんだろう、この違和感…」


中立者の執事である草壁が部屋の扉をノックするまでデーチモはぼんやりと部屋の隅に視線を投げかけていた。


 
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