贈物

□闇に溺れるヒト
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数日後には仕事の勘というものが何となく戻ってきたのか良い仕事はしていないがそこそこましな仕事ができるようになっていた。中立者の仕事のスケジュール管理なんかは執事の草壁の仕事の為、デーチモは身の回りの世話や仕事時の荷物持ちなど草壁の仕事の補佐をしていた。

力は人間よりある自信はあったのだが草壁が持っていた荷物が重くて持ちきれなかったときは凹んだものである。しかし草壁曰く「私も人間じゃないからな…」ということで、この数日知り合った、いや思い出せなかった同僚のほとんどは魔物なのだというから驚きである。人間の主に何十という魔物が仕えている様は当に圧巻で中立者雲雀の実力の一端が窺えるというものだ。


(あれ、でも……)


こんなに主人を誇りに思ったことが今まであっただろうか。既視感は微塵も浮かばずただただデーチモには新鮮であった。

記憶と共に誇りも失ったというのならばこれほど情けないことはない。人間に仕えるのだから魔物としてそれ相応の理由と誇りがあるべきなのだが。仮にもデーチモは魔物界で長寿の種の一つ、バンパイアなのである。短命の人間に捧げるものなど何一つないはずなのだ。


「ま、俺は仕方ないか。」


よく磨かれた窓ガラスを拭く手を止め、デーチモは鏡状の硝子に移る自分の姿を凝視した。
威厳の欠片もない丸い大きめの瞳に柔らかい癖毛、血色は良くはないものの緩く丸い輪郭と赤みを失っていない唇、どう見ても誇り高いバンパイアには見えない。それに彼の白い皮膚の下には……


「…………あれ?」
(俺は、何を忘れてるんだろう…)


硝子に映る自分は種族としてはバンパイアで、人とは住む世界を異にする存在。生き物の血を啜り生きる魔物。しかし口元には鋭い犬歯もないし生き物を狩る爪も尖ってはいない。


(そりゃ意識すれば鋭くなるけど…)


鋭くなった爪を眺めながら再び窓を拭く作業を始めた。自分が人でないことはこの屋敷で目覚めてから重々承知している。しかしこの屋敷で働いてから自分は本当に魔物なのかと疑問に思うことも多々ある。一概に魔物とくくるにはデーチモは貧弱だった。


(でも、ご主人様が人間離れしすぎなのかも。)


思い返してみても護衛役も勤めている草壁とデーチモなどいらない程デーチモの主は戦闘能力も身体能力も高い。主以外の人間に接したことは数少ないがずば抜けていることは火を見るよりも明らかであった。


「ねえ、」


急に話しかけられデーチモの肩がビクリと揺れた。慌てて振り向くとそこには主の姿。


「は、はい。何ですか。」


身体ごと主に向き直り大人しく命令を待った。この姿は何度か主には忠犬のようだ、と揶揄された。どんなに吸血鬼の誇りのない姿だったとしても今更この気性を直せる筈もないのでデーチモはただ申し訳なく思う。こんな自分が気高い中立者に仕えるなどおこまがしいと。


「行くとこが出来た。」

「はい。お供します……草壁さん、は…?」


主の周りを見渡すもいつもいるあの独特の髪型の執事は見当たらない。主の荷物を受け取りながら辺りを見ていると勘の良い主はデーチモの前を歩きながら何気なく呟いた。


「哲ならいないよ。今は別の仕事をさせてる。」

「え…あ、そうなんですか……」


雲雀の後ろに付き添いながらデーチモは変な緊張に襲われていた。記憶を失ってからというもの屋敷の外に出る仕事は全て草壁と一緒だった。玄関に横付けされていた車に乗り込んだのはデーチモと主の二人だけ。運転手は行き先を既にわかっているのか滑らかに車は発進させ、もう御付きがいないことを静かにデーチモに突きつけてくれた。


(大丈夫かな……)


大きな粗相を自分がしなかったのは有能な執事と一緒だったからだと思っているデーチモは自分一人で大丈夫なのかと緊張と不安に胸を締め付けられた。
隣に座る主は何の心配もなさそうな顔で暫し窓の外を見つめていたかと思うと窓に備え付けられた遮光カーテンを引きデーチモの膝に頭を乗せた。


「屋敷から目的地まで半日以上ある。何もないなら起こさないで。」

「はい、わかりました。」


すぐに寝息をたてはじめた主に自分の上着をかけカーテンを閉めていない自分側の窓の外をデーチモは眺めた。曇っていた空からとうとう雨が降りだし、窓を点々と濡らしていく。


(…雨……)


何故かデーチモの胸の奥がざわめく。激しさを増していく雨音を遮るように遮光カーテンをかけデーチモは一人目を閉じた。


 
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