贈物

□闇に溺れるヒト
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目の前を遮る高い門扉に知らずデーチモは後ずさった。潜ってはいけないと、知らない自分が止めた。このままで居たいなら、この門を潜ってはいけない、と。


(……俺の、記憶…?)


脳内の現実味のない白黒な映像は見に覚えがないのにさもデーチモが体験したかのように再生されている。最後にこの門を見たのは何時だっただろうか、その時のこの世の終わりとも言えそうな感覚が再生される。


「……おいで、」


勿論主は気付いている。それでもこっちに来いと、門を潜れと命令する。


「はい、ご主人様。」


目の前にいる人が誰か噛み締めながら返事をしてデーチモは門を潜った。


「お早いご到着で。」


皮肉じみた案内係の挨拶を片隅に聞きながらデーチモは一歩一歩進んでいく。光の入りにくい場所に建っているのに加えて窓が一切無い城内は怪しく揺らめく青白い松明が点々と足元を照らしているだけで、あとは案内係が持つ赤い松明の光だけが頼りだ。勿論バンパイアのデーチモは光源が無くとも何一つ不自由など無いのだが。


「こちらです、」


独特のリズムで三度重厚な扉をノックしてから案内係が雲雀逹の方を見ると、ゆっくりとした動きで扉が勝手に開いた。

扉の奥に足を進めようと足を踏み出し、一度停止して頭を下げかけた自分が居たことにデーチモは戸惑いを覚える。中立者の屋敷にそんな礼儀はない。しかしデーチモはノックのリズムも、扉の開く速度も、御辞儀も全て身体に染み付いていた。


(……、)


何故、…失った記憶への疑問が募る。
それを深く考える前にバンパイアの長と雲雀が相見えた。暗く重い沈黙を破ったのは最早何歳と考えるのも億劫になりそうな皺だらけのバンパイアだった。


「約束の期限は過ぎたぞ中立者殿。」

「君達にとっては瞬きにも過ぎないだろ?」

「黙れ青二才!貴様の首、此処で咬みきっても良いのだぞ!」

「出来るのならしてみれば?」

「……おのれ、若造…!」


あって数分で敵意を剥き出しにするバンパイア達にデーチモの背筋に嫌な汗が流れる。しかし主はデーチモが前に立つことを許さない。無駄な血は流すなと主は言っていた。しかし今此処で主を庇って流れる血は本当に無駄なのだろうか?デーチモには何よりも貴く思えるのに。


「そもそも、再三僕の使いをはね除けて来たのは誰だい?僕との契約内容が正しく行われているか確認すらさせてもらえていないのに文句を言われる筋合いは無い。」

「はね除けて来た、か。時間が欲しい、と返しただけだがな。」

「君達の言う時間は長すぎる。」

「まあ、確かに……中立者殿に城内を案内してやれ。」

「ですが長…!」

「勿論、其奴は置いて行かれよ中立者殿。」


不意に視線を向けられデーチモの頭にまた違う疑問が増える。自分の過去の記憶、契約の内容、デーチモがいきなり彼らの会話の中に現れた理由。中立者と護衛を引き離す、とも考えられなくはないがどうにも腑に落ちない。困惑するデーチモとは対照的に雲雀は表情も変えずに言い切った。


「嫌だ。」

「貴様っ……!」


また殺気立つ長の側近と表情は変えないものの不服そうな長を見ると今度は何故か冷や汗ではなく違和感ばかり募った。


「どうしてもこの子が惜しいの?」

「っ……。」


途端に側近は押し黙ったが長は悠々と口を開いた。


「ああ、惜しい。彼は我が眷属。家の名も背負っている。本来なら中立者殿の所にいるべきではない者だ。」

「……。」

「惜しいのか?中立者殿ともあろう人が。」

「惜しいよ。君達とは違う意味で。」

「違う意味、とは?」


何の話かも分かっていないデーチモの耳が違う音を捉える。


(……あし、おと…?)


音からするに四足と思われる足音がこちらに向かってくる。思わず扉の方を盗み見した瞬間、その厚い扉が無作法に開けられた。


「誰だ!?」


正しく開けられなかった扉は無惨な姿になって床に散らばった。もうもうと立ち込める埃の中に立っていたのは雲雀とデーチモのよく見知った髪形。


「草壁、さん…?」


デーチモの呼び掛けに草壁は視線で返す。その視線は困惑するデーチモを捉えたあと彼の左手薬指に向けられた。


「そうか、」


やや目を細めて満足そうに言うと草壁は雲雀に向き直った。


「恭さん、行く必要なんてありません。奴等は黒です。」


その言葉に合わせたかのように廊下が俄に騒がしくなる。そして城内の何処かで爆発音がした。


「まさかっ…!」


側近が真っ青になって部屋を出ていこうとしたが草壁がそれを遮る。


「無駄だ。我が主の命により既に地下施設破壊は完了している。」

「くそっ…」

「術士及び警備兵士もあらかた拘束は済んでいる。まだ何か隠し持っているか?」


毅然と言い切った草壁に返す言葉もなく側近が崩れ落ちる。しかし長の瞳はギラリと怪しく輝いた。


「まだだ…デーチモ、我が元に帰ってこい!お前の主の元に!!」

「えっ」


咄嗟に雲雀を見るも表情一つ変えず口を開いた。


「君が何を信じるか、どちらに付くか、好きにすれば良い。僕は何も言わない。」

「っ……」


いきなり主から突き放された心地がしてデーチモの心に淋しさが宿る。所詮そんなものだったのだと、付け上がっていた自分に腹立ちすらする。


「ふっ、主振りおって…デーチモよ、お前は騙されておるのだ。其奴は儂から可愛いお前を奪い取りお前を術にかけ利用しとったにすぎんのだ。」

「……。」


雲雀は反論も肯定もせず長を見ていた。ふと、デーチモは左手に違和感を感じる。


「…あ、」


デーチモの感情の波に呼応するように微かにリンクが発光している。


「デーチモ…お前まさか……」


絶望に染まる長の声を片隅で聞きながらリングに触れる。少し力を込めれば抜けてしまいそうなリングは雲雀とデーチモの関係のような気がしてまた淋しさで一杯になる。


「そんなリング捨ててしまえデーチモ!お前の強大な魔力を今なら…いや、日をかけてゆっくり回復させよう、無理をして取り戻そうなど考えまい。さあ、デーチモ、儂の元に帰ってこい!」


喚き立てる長の声に耳を塞ぎたくなってくる。今まで雲雀に感じていた感情の一つ一つが本来は長に感じていたものだったのだろうか、雲雀を長と錯覚していたのだろうか。


「違う…」

「何?」


今まで主に誇りなんて持っていなかった。バンパイアであることを誇れなかった。優しさなんて感じたことはなかった。傍に居たいと、役に立ちたいと、護りたいと、……愛しい、と。

この人の為に死にたいと思った。

雲雀恭弥の為に、死にたいとデーチモは確かに思ったことがある。


「俺は、自分の意思で、ご主人様の傍に、います。」

「……当然。」

「わっ、」


途端、雲雀は肩を抱いてデーチモをぐっと引き寄せた。先程までの態度は何処に行ったのか、涼やかに笑っていた。


「草壁。」

「貴方の仰せのままに、」


そう草壁が言い切ると廊下でずっと待機していたのか、草壁直属の人狼達がどっと部屋の中に雪崩れ込んでくる。


「契約違反の言質及び我らが主の許可は下りた!全員捕縛しろ!」


最後の足掻きとばかりに上がった炎のように紅い魔術の光だけが静まりかえったあとも暫くちらちらと舞っていた。


 
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