贈物

□闇に溺れるヒト
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草壁にあらかた指示を出し早々に古城をあとにした雲雀に続きデーチモも再び門を潜った。仰ぎ見た空は相変わらず鬱々としていて見ていて心地の良いものではない。しかしデーチモはこの城で長に仕え、生きていたのだ。


「どうしたの。」

「あ、いえ……」

「………まさか残るとか言い出さないよね。」

「流石に言いませんよ。記憶が戻った訳でも無いですし。」

「戻ったら、帰るの。」

「……どうでしょうね。でも、…俺の御主人様は御主人様だけですから……多分。」

「…そう。」


微かに不服そうな表情を見せたもののそれ以上言及せず、雲雀は草壁が手配した帰りの車に乗り込む。窓に付けられたカーテンを閉め切り、運転手と後部座席を遮るブラインドも降ろした。照明の無機質な光だけがやけに明るく見えた。


「お休みになりますか?」


そういつも通り小首を傾げたデーチモに雲雀は筒状に丸めた和紙を手渡す。開いてもせいぜい両手に余るほどの大きさと思われる和紙だ。


「…これ、は……?」


掌の上に乗せたままデーチモが雲雀を見返すと雲雀は何も言わずにするすると丸めた状態から和紙をほどいていく。薄茶色く変色し紙の端も微かに破れていたがそこに書かれた内容は欠けることなく容易に読み取れる。

そこにあるのはたったの四文字。


「沢田、…綱吉……」


途端にデーチモの涙腺が崩壊する。自分のものではない何処かが疼いてただ涙が溢れた。声がした、この四文字を紡ぐ声が、…綱吉、綱吉、ツナ、……その声が何度も何度も。


「やっと、君の名が知れた。」

「名、?」

「デーチモ、なんてただの記号でしょ。呼ぶなら君の名が良かった。」


デーチモは再び滲む視界で和紙の上に踊る四文字を見る。しっかりとした筆跡で記されたそれは雲雀曰く名だと言う。


「綱吉、」

「っ」


その声にデーチモは、沢田は胸を鷲掴みにされた心地がした。それは甘く懐かしい失った記憶の片鱗であり、雲雀の心の中に沢田が根付いた証のような気がする。


「これからも僕の傍にいるでしょ?」

「はい…!」


優しく囁かれた言葉は枷のようだったが沢田には何処までも優しい枷だった。
雲雀の腕の中で沢田は失った記憶に囚われず今から、これからに想いを馳せ、そっと雲雀の背に手を添えた。







(それが、知ることから逃げた罰)
(ただ見えぬ未来ばかり見た罪)






2012.05.10
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