百神いろいろ置き場

□アドニスとアレス
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平原を吹き抜ける風はいつも気持ちいい。
ようやく花から出ることができたアドニスは、今日もゴブリンと散歩をしていた。
すでに日課になりつつあるこの散歩、いつもならアポロンやアルテミスに会うのだが、今日は違った。

「あ、アレスさまだ」

石に腰掛けて、何をするでもなくぼんやりしている後ろ姿。
青いマントに黒髪といえば軍神しかいない。
アドニスはそうっと、足音を忍ばせ近付く。

「何か用か、アドニス」
「あれ、ばれちゃった」

振り向いたアレスは苦笑していて、アドニスも苦笑い。
ばれてはこそこそする必要もない。アレスの隣に座った。

「なにをしていたの?」
「ん。……花を」

軍神の足元で揺れる青い花。アドニスの好きな花だ。
言葉少なというよりは欠落しすぎだが、アレスはこの花をずっと見ていたのだろう。

「きれいだね」
「お前のコサージュに似ているな」
「うん。僕のコサージュ、この花を模してるんだよ」
「そうなのか」

アレスとこうしてぼんやり過ごすのは、実は珍しくない。
軍神とは、アフロディテの紹介(という名目の自慢)で知り合った。
彼女のいない時も度々会う機会があり、ぽつりぽつりと会話を交わしていたのだ。
他の皆からは怖いとか、取っ付きにくいとか、無愛想とか言われているアレス。
そんな彼も、アドニスから見たら優しくて口下手なお兄さんだ。

「あれ、そういえば、アテナさまやペルセウスは一緒じゃないの?」
「……ああ……」

アレスが疲れた顔になる。

「アテナとペルセウスが、喧嘩をしていてな。宮殿にいられない」
「わあ、珍しいね!どうしたの?」
「ペルセウスが取っておいたチーズを、アテナが食べたらしい」
「……ペルセウス、チーズ好きだものね」

ギリシャ神の内で、ペルセウスのチーズ好きは有名。
普段アテナが何をしても許容するペルセウスも、大好物は話が別だったようだ。

「喧嘩、止めなかったの?」
「止めたところで煩いだの、黙っていろだの言われるだけだからな。私はもう口出ししない」
「そうなんだ……」

どうやらアテナとペルセウスの喧嘩は度々あることらしい。
少なくとも、アレスが対処を熟知する位の頻度で。

「じゃあ、アレスさま、しばらくここにいるの?」
「ああ、いようと思う」
「わあ、僕も一緒にいていい?アレスさまとお話するの、久しぶりだから、もっといたいな」
「好きにしたらいい」
「ありがとう!」

嬉しそうににっこり笑い、アレスに凭れるアドニス。
アレスから見ても美少年だと思うが、こういう、人なつっこいところも女神たちに人気の理由なのだろう。
暖かな陽射しに、腕の中のゴブリンはうとうと昼寝を始めた。
アドニスもつられてか、小さく欠伸をかみ殺す。

「眠いなら寝ればいい」
「でも……せっかくアレスさまといるのに勿体ないよ」
「少ししたら起こしてやる」
「ほんとう?」
「ん。少ししたらな」
「ふふ、アレスさまは優しいなぁ」

アレスの肩を枕に目を閉じるアドニス。すぐに、小さな寝息が聞こえてくる。
視線を風に揺れる花から空へ移し、太陽の眩しさにアレスは目を細めた。

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