百神いろいろ置き場

□アテナとアレス
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軍神や武神、その他武術を得意とする神々は、戦いにおいては気が合うのか、度々手合わせの会を開いている。
約束をしているわけではないが、誰かが鍛練をしている場に、なんとなく集まっているうちに会合になってしまったというわけだ。
回数を重ねれば集まる面々も決まってくる。
今日は毘沙門天、アレス、ナタク、フッキが集まっていた。
手合わせをする気はないが見学したいものもおり、アテナ、ペルセウス、アトロポスあたりがその筆頭だった。





黄金色の棍が目前に迫る。アックスの刃に滑らせて反らす。反らされてなお打ち込まれる棍を再びアックスが弾き、バックステップで互いに距離を置く。
毘沙門天とアレス。
最近、手合わせの組が決まっている二人で、勝敗も勝ったり負けたりと拮抗している。
二人は互いの出方を伺うように、距離を保ちながらにらみ合う。
毘沙門天が先に動く。
アレスの腕を狙い棍を薙ぐも素早く屈んで避けられる。
低姿勢のまま足元を狙いアックスが振られ、跳躍して回避。
遠心力を利用しその場で回転、返す刃が今度は腹部を狙う。
棍で地面を突き後方へ逃れた毘沙門天の法衣がわずかに切り裂かれた。
地を蹴り追撃するアレス。
甲高い音を立てながら、棍とアックスが幾度もぶつかり合う。
拮抗の揺らぐ瞬間。
アックスで横からの攻めを防いだアレスだったが、体勢を整える前に、連続の突きが繰り出される。
防ぎきれずに何発か受けてしまい、よろけたその時。

「あ……!」

小さな声が耳に届いた。
そちらに意識を向けてしまったまさしく一瞬を、毘沙門天が逃すはずがなく。
渾身の突きが、腹部に直撃した。

「……っは!」

あえなく地面に叩きつけられ、勝敗が決した。
強烈な痛みに呼吸が止まりそうになる。
手足に力が入らず、立ち上がれるかが心配だ。

「す、すまん!やけに綺麗に入ってしまったな」

毘沙門天が慌てて駆け寄り、アレスを助け起こす。覚束無い足元と顔色の悪さを見かねてか、寄りかかれる岩のそばまで付き添ってくれた。

「しばらくそこで休んでおれ。すまなかったな、軍神」
「いや……私が悪い。気にしないでくれ」

苦笑するアレスの頭をくしゃくしゃ、と撫で回してから、毘沙門天は見学者たちのもとへ引き返していった。
次いでナタクとフッキが飛び出してきたが、すでに始まっているらしく、並走しながら殴り合うという器用なことをしていた。
相変わらずの二人に忍び笑いをもらし、痛む腹部をさする。
酷い痣となりしばらくは治らないだろう。それも困るが、手合わせの怪我くらいで貴重な薬草を使いたくはなかった。
先ほど毘沙門天に滅茶苦茶にされた髪を直していると、近付いてくる他神の気配がした。
慣れた気配だ。

「…………アレス」
「ん……アテナか。どうした」

落ち込んだ様子で視線をうろうろさ迷わせている。また余計な心配をしているのか。アレスは心中でため息をついた。

「あの……ごめんなさい、わたし」
「……? 何を謝る?」
「……あなたが負けてしまったの、わたしのせいでしょう」
「……何故そうなる……」

アテナ曰く、ナタクに指摘されたのだという。
アレスが危なくなった瞬間、思わず上げた声が彼の集中を乱したと。
それがなければ、十分逆転できたはずだと。

「だから……あなたが負けてしまったの、わたしのせいだわ」
「……集中を乱したことは否定しないが、それは」
「やっぱり……わたしのせいなのね!」
「人の話は最後まで聞けといつも言っているだろう、アテナ。少し落ち着け」

アレスに諭され、アテナはますますうつむいてしまう。

「集中を乱したことは否定しないが、それは私の油断のせいだ。お前のせいじゃない」
「……だけど……」
「ナタクの言ったことなら気にするな。私が違うと言っているのに、他神の言ったことを優先するのか?」
「……本当にわたしのせいじゃないって、思ってくれてるの?」
「私がお前に嘘をついたことがあったか?」

微笑みを伴う問いに、アテナも笑顔で「ないわ!」と返した。

「あなたはわたしに嘘、言わないもの!」
「ならもう落ち込むのはお仕舞いにしろ」
「ええ!」

もう笑顔になったアテナ。まったくころころと表情を変える、とアレスは再び苦笑した。

「隣に座っていいかしら……もっと近くでお話したいわ」
「ああ、座るといい」

嬉しそうにいそいそと隣に座り、しゃんと背筋を伸ばす。

「アレス、辛くはない?わたしの肩で良かったら、寄りかかってくれていいのよ?」
「……気持ちだけもらっておく」
「そう?辛くなったら言ってね。……わたし、こんなことを言うの、あの人とあなただけよ?」
「…………ありがとう」

笑顔を交わしあい、ナタクとフッキの手合わせを眺める。
互いに一歩も譲らないほど激しい打ち合いだが、ナタクがやや有利なようだ。
同じ女神でありながら、勇ましく強いナタクを見つめていると、肩に重みがかかる。
驚いて見れば、目を閉じかすかな寝息をたてるアレスが凭れかかっていた。
いつもの鋭い眼光は隠され、ほんの少し幼い寝顔をしている。

「本当に……あの人とあなただけよ?わたし、心から守りたいと思うの……」

凭れかかるアレスの頭に、自分の頭も寄りかからせ、アテナは幸せな気持ちで目を閉じた。





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