Tale


□鯉はコイに通ず
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鯉はコイに通ず





ヤツはいつも、だいたい決まった時間にやってくる。


授業のある日は、こんな感じだ。

まずは朝。
登校してすぐ、真っ先にやってくる。

次は昼。
午前の授業が終わると、とりあえずやってくる。

そして放課後。
部活動の前と後に、必ずやってくる。

これが休日ともなると、朝から入り浸っている日も少なくない。





新学期を迎えて1ヵ月。
新入生の指導は一段落し、慌ただしさもようやく落ち着いた、春日和。

今日は全校的に休日である。

過ごしやすい気温の午後、雲雀はいつになくイライラしていた。

片手に持っているお気に入りの本は全く進まず、外にばかり気が向く。

せっかく用意したお茶も冷めてしまった。

原因は、分かりきっている。雲雀にとっては不本意なのだが。

毎日嫌になるくらいやってくる例のアイツが、まだ姿を見せていないのだ。

だからといって、期待しているのか、と問われれば、間違いなく

「そんなハズない」

と答えるだろう。

実際にそう呟いてみて、本当に期待してるみたいじゃないか、と独白する。

そんな事を考えていて、雲雀は余計にイライラしてきた。

気にしていないはずなのに、こんなにもペースを乱されるなんて、絶対にあってはならない。

嘆息を落として立ち上がる。お茶を入れ直すのだ。

「いるかー?」

応接室のドアが開いて、聞き慣れた声が届いた。

「よー、ヒバリ」

思わず、一歩を踏み出す姿勢で動きが止まった。

「ん?どーした?」

昨日までと変わらない態度で入ってきた、山本武。不思議そうな顔で雲雀の表情を見ている。

「………なに?」

ようやく出た一言はあまりにも不自然で、自分でも呆れてしまう。

それで何を察したものか、山本はしたり顔で手を打った。

「俺が来なくて、さみしかった?」

「−−−っ」

ニカッ、と笑われて、雲雀は言葉を失う。

山本の言葉が、否、自身の反応が意外すぎて、反論の言が出てこない。

それに、ホッとしたのも事実である以上、こんな反応で済んでよかった。

「あれ………?ホントに?」

「あれ、じゃないよ。頭おかしいでしょ、キミ」

プイと顔を背け、取り繕う。

意味のない行為だとは思ったが、山本は気にせずに笑っている。いっそムカついてくる顔だ。

コイツに関わると、本当にイライラする。

雲雀は心底思っていた。

「何しに来たの?」

「あ?ああホイ、これ」

「………なに?」

山本が差し出してきた物を無意識に受け取り、受け取ってから、それが突拍子もない物だと気付く。

鯉のぼりだ。

竿が30センチ弱ほどの玩具で、天辺には8枚バネの赤いかざぐるまが取り付けられている。

「今日さ、誕生日だろ?だから、そのプレゼント」

雲雀は日付を思い出して、それから呆れた溜め息を吐いた。

山本の口からは出ないが、コレを探していて、こんな時間になったのだろう。

「−−−それで、どうしてこんな、子供のオモチャになるの?」

「んー。どうしてだろうな。まぁ………、なんとなく、好きそうだから?」

悪びれない山本の言葉に一瞬虚をつかれ、雲雀は目を見開いた。

だが驚いたのはそれだけで、かざぐるまに息を軽く吹きかけて回す。

「ふぅん………」

雲雀は呟いて、かざぐるまをもう一度だけ回す。そして飽きたように、ソファに放り出した。

「ハハハ。………なんか、気に入ったみたいだな」

「ありえないよ。もう出てってくれる」



その後しばらくの間、応接室には、青とピンクの小さな鯉のぼりが泳いでいたとか、いないとか−−−。





fin.






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