Tale


□春になる
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放課後の一時を、屋上で過ごした。
陽はずいぶんと傾いて、夕日の赤は僅か、藍色の空が広がっている。

「な。目、閉じて?」

ヒバリの耳に口唇を寄せて、そう囁く。冷えた肩に置いた手に、軽く力を込めた。

「−−−、………」

迷うような一呼吸ぶんの間。

そして、ヒバリはその双眸を隠した。


「………っ!」

触れるだけのキスを口唇に落とす。

二度触れて、三度目は上唇に。


一瞬だけ震えたのは、ヒバリの闘争本能からだろうか。

それとも。


「ヒバリも緊張してる?」

口に出して聞いてみると、なんとも可愛らしい反応が。

「アハハッ、耳が真っ赤だぜ?」

「知らないよ、そんなの」

赤っぽく色づいてきた桜の木々の枝を眺めながら、もうすぐ来るであろう春を思う。

妙に気分がざわついて、暖かくなったら何をしよう、などと考える。
だがそんな思考を巡らせたところで、やることは決まっている。野球の練習だって本格的になるし、風紀委員の仕事も忙しくなるだろう。


「帰ろうぜ」

「……、そうだね」

チャイムが鳴り響いて、下校時刻を知らせている。

その音に耳を傾けているヒバリを見て、自然に笑みが漏れた。

感傷に浸るような気持ちも、ヒバリの顔を見ていると、どこかに行ってしまう。

「また明日なっ!」

いつものように答えは返らなかったが、山本は満足そうに笑った。





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