MONO MOLTOR 第七番目のLogos

□第5章:大空の唄と鷹の民Nayourd
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大地には一切、大樹の常識、
つまり法律、徳、慈悲、善悪……etcなる概念は、無いのだ。
その概念の存在自体は知っている。
が、それは大地にとって必要ではない。
何故なら、それが在っても無くても、第七Logosの下大地の生命はただ、
生きるだけだから。

大地は、生命が自らを存続させる為に行う自由を、黙して認めている。
故に、大樹が大地を超越すべく肥大する行為を反対せぬ。
枝を折ってやるのは大地自らの、生存続の為の自動である。
しかしそれを履き違え、創造者達はこれを、大地の復讐劇と解釈する。

そもそも原始この星に、他の生き物を殺してはいけない、奪ってはいけないという規則が、あっただろうか。
大地は、大空は、大海は構わぬのだ。
弱きものが滅し、強きものが馳せ、喜びと悲しみが織り交ざり、
隕石が地上の全てを焼き尽くしても。
そこに小脈が残ったなら何も想わずただ、息をするのだ。
大地は一度自らを殺しかけた、宇宙より来たる巨石を恨んではいない。
その様な概念は、無いのだ。

大樹の中にも以前は、その様な規則は無かった。
何故?に長けた賢い者達の登場により、
大樹が成長するにつれそれは成文化し、
具現化したが、それでも人は隣人に拘束されてはいない。
法と徳と常識が複雑に入り組んだ大樹の世界の中でさえも、
誰もが本質的自由を持っていると言えるだろう。

その自由の一切は、大地に言わせれば罪ではない。

ただ、その一切の自由が引き起こした結果が大樹の生き様に反す時、
然るべきアポトーシス(自己不要物の選択的消去)によって抹消されるだけだ。
故に大樹の自由は、厳密に言えば足枷付き。だが、それで大樹が安定を手にしたのなら、良いではないか。
しかしそれに気付いた者達は、自分に真なる自由が無いと嘆く。
自由な翼を下さいと、悲劇の主人公となり歌い始める。

真なる自由を持つ大地の民達に憧れる者よ。その生き様は、言葉ではなく、その身に受け味わう方が、
何より正しい理解となるだろう。
君の求める真なる自由が、君にとって優しいものか、そうでないか、
その心で自由に判断するといい。
その判断がもたらす結果は、おのず無感情に、その身に刻まれるだけだ。
ああ、大地には大樹には、身を挺して選択せねばならぬ2択が、
常に世界より強いられているのだ。
それが生だ。大樹の安定が大地の生命を脅かすのなら、
その2択より然るべき方を大地は選ぶだろう。
生き物が生きるべく、当然の様にそう判断したのだ。
ここにもやはり復讐心などという概念は、無いのだ。

★  ★  ★

森林沿いの古い街道を抜けると、そこは見渡す限りの草原だった。
快晴の空の下、遠くには知らぬ山脈が聳え、
目の前には左右に伸びる一本の道。
若木のハープをしっかりと腕に抱き、アルトアルノは緑の地平線を見眺めながら、

次の都へと歩を進めるのだった……。



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