MONO MOLTOR 第七番目のLogos

□第9章:大農場MOMAと修道女Aineleze
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小鳥の囀り、土の匂い。ふわりと揺れる網目(レース)のカーテン。
チカと斜陽が眩しくて、顔を逸らせば痛む傷。頬に触れるは羽毛の白布。

木造天井に、古い壁紙。隅の花瓶に水をさすのは、誰かの大きな後背姿。
黒と白の修道着。振り返り様の彼女の笑みは、真ん丸朗らか太陽の様。

「気がついたのね、ああよかった! 心配しないでここはモマ、
戦地より遠き安息の農林地帯。私はアルカパの修道女アイネリゼ。貴女は?」

「私はアルトアルノ。貴女が手当てして下さったのですか?」

「いいえ、貴女を救ったのはそちらの彼。工都の天才、ミシマセノル。
2日前の歪な雨の日、貴女方と鷹の民がこの宿屋を訪ねて来た時は、
どれほど驚いたことか。ふふふっ」

「あれから2日経つのですか……」

のっしと修道女がそこを退くと、隣のベッドに横たわる青年の寝返り。
ミシマセノル……とは、どこか懐かしい響きだったが、アルトアルノは彼の背を刺すように睨んだ。

「そうだ! 美味しいシチューが出来ているの。今持ってくるわね!」

止める間も無く修道女はドアを横向きで通過し、下の階へと降りて行ってしまった。
窓から覗けば鮮やかな色、畑の連なる快晴の段落地帯。
地肌に巻かれた包帯が、下着の内から見え隠れ。アルトアルノは竪琴を探した、
けれど何処にも見当たらない。理由は大体、察しがつく。

「おい!」

背を向ける彼の肩を揺らすと、返されたのは異常に貧弱な返事だった。 
彼処の苦痛に冷や汗まみれ、薄ら見開くその青眼は、光が掠れて力無い。

「私の竪琴を返せ」

「……嫌です」

体を抱えて苦しむ賢者。神殿の最果てを垣間見て、ミシマセノルは内より来たる衝動に、身心を蝕まれていた。

「何故私を助けた。何故君は苦しんでいる。あの時私が死んでいれば、
君はその苦しみから、破壊の唄から、大地から逃れられたというのに」

「……解らない。しかし……それは、すべきでないこと、だと、思った……」

「…………。……生きた以上、私はまた唄うだけだ。
さぁ竪琴を何処に隠したのか!」

「何故です……何故貴女は、大地の為に第七Logosを挙げ、戦うのか……、
人がお嫌いなのか……」

「好き嫌い等という君達の概念で大地は動かぬ!」

「大地ではない……! 貴女自身の判断に聞いている……。
何かの復讐、か……?」

「あの騎士が仕事に命を懸け、何者にも剣を振るう様に、私もまたそうなのだ。……一切それだけだ!」

「……哀れな」

創造者に掴みかかる破壊者。髪を引き合い、服を捻じり、引っ掻き、叩き合う。
どすんと胸を蹴られ、その痛みでアルトアルノは床に転んだ。ベッドの上から下から、睨みあう二者。

「やだもう、通り難いドアねぇもう!」

不穏な空気を払い除けたるは、あの修道女の満面の笑顔。
ほかほかと湯気の漂う2つの器。

「お待ちどうさま〜 沢山食べて元気をつけて下さいな!」

ずいと2人に押し迫る、熱々シチューの良い香り。思わず腹が鳴ってしまう。
ふわりと網目がまた翻り、はしゃぐ子供の笑い声。

花瓶の大輪中央に、腹が減っては一時休戦。向かい合う食卓、修道女の頭上には「???」 
両者は眼も合わせず、黙々と目の前に向かっていた ……

「貴方達、お友達じゃなかったの……?」

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