小話

□補足
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<<過去>>

苦楽を共にした、いやこの場合苦楽っていうのは当てはまらないか。正確には、少年院で同じ釜の臭い飯を食った仲間というのは、何年たっても忘れられない…。それがいい年をした今でも…。

よくある話で、親父は飲んだくれ。お袋は親父の暴力でしょっちゅう、歯を折られて逃げ回る。小さな妹や弟がビイビイと泣いている。
貧乏な家によくある光景…。



それでも、まだお袋が生きてる時はよかった。何とか庇ってくれていたから。

ある日突然風邪をこじらせて、お袋は死んだ…医者は、栄養失調と過労が原因だと言った。

親父のせいだと思った。鳶の仕事もほとんどせずに一日中飲んだくれて、酒がなくなりゃ殴る毎日だった。

妹の小さな小指は殴られてタンスの角にぶつかって骨折してしまい、以来いびつな形で固まってしまった。

弟は頭を強く殴られて、左耳の鼓膜を破った。左耳は聞こえなくなった。

お定まりのコース。

そんな日常に耐えられなくなって、親父を金属バットで殴った。何度もバットを振り下ろすと、頭蓋骨が砕けて眼球が飛び出て脳みそがはみ出し、真っ赤な返り血を全身に浴びた。



黒木はその時十七歳だった。

異様な物音に隣家から通報があって、黒木は警察官に連行された。少年犯罪としては余りにも、残虐な現場で通報で駆けつけた警察官も吐き気を覚えたくらいだった。

この事件は大々的にも、新聞やマスコミに取り上げられた『またも十七歳の冷酷きわまる犯罪!!』『少年犯罪の多発!教育は今何を!!』『とうとうここまで来た!!尊属殺人』センセーショナルな見出しをつけて連日放送された。

だが、徐々に家庭環境や生い立ちを暴いていくうちに世論では安い同情が集まって、黒木は高等少年院送りになった。



少年院での暮らしは、雨風がしのげるだけマシといったものだった。

他の院生と揉めることもなく、おとなしく刑期についていた黒木の前に現れたのが立花だった。

熱くて触れれば火傷しそうな何かを孕んでいた。どこか遠くを見ていて、いつも気になる存在だった。その肌に触れてみたいとさえ、思った。院生の中には小柄で痩せた奴を女代わりに使う奴もいたが…。

とりたてて綺麗なわけでも何でもない。黒木と同じただの十七のガキ、いくら男ばかりで女がいないとしても…。同じ男にそれもどう見ても普通にすね毛が生え、朝になったらひげを剃る自分とさほど変わらない男に。



春には演歌歌手の慰問コンサート、そして夏には、外部との野球大会。青少年の情緒教育の育成とやらの一環で行事が組まれていた。

院を一歩出ると野球なんてと思う奴らばかりでも、変わりばえのしない毎日を過ごしていくと楽しみになる。



特別外出で久々のシャバにたとえ半日でも、出られることになった院生たちは浮かれていた。それは日頃、あまり興味を示さない立花も同じようだった。

どちらが言い出したのか…もう覚えていない…抜けて近くにあるカキ氷屋に行くことになった。

「グラウンドの裏に出口があって、そこから行けば近いぜ?」

「立花、おまえよく知ってるなぁ…」

「年少なって入ってこのクソ暑い中、カキ氷とか食ってねえし…な?」

監視員が野球の応援と指導に夢中になっている隙に、立花と黒木の二人で院内では絶対に出ないカキ氷を食べた。監視員の目を盗んで食べたカキ氷は冷たくて、いつ来るかとひやひやしてなかなか食べ切れなかった。それでも何とかバレずに食べきって何食わぬ顔をして皆の元へ戻った。



だが食べ慣れない物を食ったせいで黒木はその晩、腹を壊した。当然、監視員に腹痛を言えば隠れて喰ったことが、ばれてしまう。

何と、立花は黒木のために深夜、医務室に忍び込んで薬を持って来てくれたのだ!

「…ほら。これ飲めよ」

少し照れくさそうに、でも心配そうな様子で手渡してくれた薬…。

「あ、ありがとう」

嬉しかった。

立花が自分のためにわざわざ…見つかったら当然反省室行きは免れないのに。

今までならば、黒木が幼い妹や弟達を守って来た。いつだってそうだった。誰かが自分のために何かをしてくれる…。

心地よくて甘い。そんな感情が黒木の胸の中に宿った…。

以来それは、一度も消えることなく。









競輪場で、偶然の再会をした。

片時も忘れたことなどなかった、いつだって頭の片すみあった。黒木のあれからの二十二年は、何もなかった。

スナックやキャバクラを転々として、今は女のヒモになって、ぶらぶらしているだけの日々。



互いにもう三十の半ばを過ぎ、じき四十を迎えようとしている中年の男二人が嬉しそうに競輪場の客席で肩を叩き合っている。

目の前の男の顔を冷静に見る。こんな顔だっただろうか?険しいしわが口元に刻み込まれ、眼つきは鋭い。服装も、目立たないジャンパーとスラックス…。だが腕に金色の時計が輝いている。とても堅気には見えない。

立花は、何をしてきたんだろう…この二十二年間。この男はどうしてきたんだろうか。



俺は、俺は…ずっとおまえのことを忘れられずにいた…。




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