幻想物

□砂上の華
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練り香水、白粉、紅、瑠璃の髪飾り、瑠璃の耳飾り、翡翠の腕輪、絹織物…。
半月の間にネイの元に送られた品々の一部だ。他にも血統書付きの子馬、子牛、子山羊に、美しい男女の奴隷たち、贈物として名を連ねるそれらも一緒に贈られてきた。

が、屋敷や邸宅を構えているわけでもないただの煙管屋のネイには無用の長物だ。置く場所もない、そう言って受け取りを拒否したら、次の日は使いの人間が代わっていた。昨日の使いはと聞けば「主人の不興を被った咎で、処せられました。ネイ様、どうか私どもを哀れと思し召して、お受け取りくださいませ」

涙ながらに明かに昨日よりは若い使いに訴えられて、自分のせいで誰かが処せられるのが嫌で、仕方なくネイは一番小さい物なら受け取ると答えた。それが拙かった、と思う…。
使いの少年は目を輝かせてネイの前に掲げたのは、瑠璃の首飾り…。その日の贈物の中で一番高価なものだったと知ったのは、受け取った後の事。

受け取る事は出来ないと突き返すには大喜びで帰った使いの顔がちらついて、首飾りは上等の皮袋に入れっぱなしで、机の上に投げ出されたままだ。
扱いに困る物を押しつけられて、ネイの苛々は最高潮に達していた。そうなると葉を詰める手も自然と乱暴なものになる。普段はめったに吸わない重く癖のある煙草の味に、ようやく人心地がついて投げ出していた皮袋に目を向けた。
高価な、それこそ王侯貴族が身に着けるような宝石を、ポンと惜し気もなく与える。この首飾りひとつで特に贅沢をしなければ一生暮らせるだろう。
だが換金すればすぐに贈り主の元に報告が行くだろうし、使いの者が責を取らされるかもしれない。あの若い使いの口ぶりではそれもあり得るのだ。何て厄介な…。

ネイは大きくため息を吐くと、その皮袋を穀物棚の一番奥に隠した。よもやこんな所に高価な宝石があるとは誰も思うまい。これでネイの視界からは一時ではあるが、消える。清々した気持でネイは開店準備に取りかかった。


サマルカンドとの国境沿いの石作りの町に、他の店々と同じ並びにネイの煙草屋はある。開店時間は昼過ぎから日が落ちるまでの間と極々短いが、未だに赤字になったことはない。それというのも品数では他店に及ばないが、厳選した質の良い煙草を仕入れているから、客足が途絶えない。元々が遊牧民の流れを汲む民族で、男たちは生活にゆとりがなくとも、煙草や酒には金を惜しまない。煙管も繊細な彫刻を施した海泡石のものや、美しい青の上薬の磁器のものを置いている。またネイにとっては些か不本意な事ではある…ネイ目当て、の客が少なくないのも事実だった。

ネイの柔らかい笑みの中にある端的な拒絶に、大抵の男たちは気付き望み薄だと早々に諦めて、純粋に煙草だけを求める客になるのだが…。
「綺麗な指だ…なんと白くて細い指だろう」
三月ほど前から煙草を買いに来るこの男だけは違った。三日と明けずに店に来ては、高額な煙草を買っていく。それはもう手当たり次第片っ端からで、そのあからさまな態度はネイだけでなく他の客たちまでも眉を顰めるほどに。その男が買っていく煙草の上がりだけで翌日分まで賄える金額で、売る側としては喜ばしい事ではあるけれど、それの行きつく所はとどのつまり…ネイ自身だ。婉曲な言いまわしで男の誘いを断ってきたが…。

吸い切れないほどの煙草を買っても落ちないネイに男も痺れを切らしたのか、いつもならとうに帰る時間なのに、今日に限っていっかな帰ろうとしない。それどころか鉛管に葉を詰めるネイの指に男は太い指を絡めてきた。
「…本当に桜貝のような爪で…綺麗な手をしている。こんな煙草屋なぞ小さな店を開いて…辛いだろうに…」
「確かに小さな店ではありますが、可愛がってくださるお客様がおりますし、商いもとても興味深くて楽しく、辛いなどと思った事は一度もありません。…ですからそんな事は仰らないでください…」
そう言ってネイはそっと男の指を剥がして傍から離れようとしたが、男は引き下がらなかった。強い力で腕が掴まれて、引き寄せられたネイの体に男の腰が押し付けられた。
「わしがお前の面倒をみてやる……なぁ、わしならばお前に不自由なぞさせない」
「…手前どもでは煙草以外の物は扱っておりません…そういった趣でお出でになられているのでしたら、今すぐお引き取りをっ!」
ネイの体に密着した男の腰が卑猥に動き、その生温かい感触に鳥肌が立って、堪らず大声を上げて男の体を突き飛ばしていた。
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