幻想物

□お祭り企画
1ページ/9ページ

泰平の世の師走、雪深い山の中腹にある一軒の掘っ立て小屋。

大みそ日だというのに餅の用意はおろか、年越しを準備する気配すらまったくない。そこで一人暮らしているのは富田尚之通称トミやん、二十六才の大身旗本の三男坊。しきたりや体面のうるさい実家を出て、山家暮らしを楽しむ男だった。

たまに守役の畑野がご機嫌伺いと称して来るがそれもたまのことで、この雪では当分の間は無理だ。
じいと畑野のことを富田は呼んでいるが、畑野は年寄りではない。富田よりも十才ほど上だが、抹香くさいことを言うので嫌味で呼んでいるだけなのだ。

ちゃっかりしている富田は家から出る際、父親の手文庫からほんの百両ばかり持ち出した。元来、着る物や住む所にはこだわらない性質だ。食事も特に好き嫌いがあるわけでもなく、武家の者がと言われるような鰻でも鶏でも平気で口に入れたりする。

「どうか、若。屋敷にお戻りください。このような所で……持ち出した手文庫のお金も底を尽いたのでは…」

毎度心配そうな畑野に詰め寄られるが…。

「心配せんでええって」

とまったく取り合わない。実際、男女問わず惹きつける魅力のある男なので、働かなくても暮らしが成り立つのだった。身の回りも峠下の茶屋の娘が来て、掃除や洗濯をしてくれ快適この上ない。食事も運んでくれる、また自分でも簡単な煮炊きならできた。





そんな富田も雪が降り積もってしまって、ここのところ手持ちブタさん…。

暖を取るために、小屋裏の森に入って小枝を集めていた。真剣に一枝ずつ集めるうちに、そう言えば三日前に仕掛けたワナがあったな、と思い出した。裏の奥のほうへ簡単なものを仕掛けたのだ。

もうそろそろ何か掛かっても良い頃だろうと、ワナをかけた洞に足を伸ばした。


すると一匹の白いツル掛かっていた。

細い足をワナに挟んできゅうきゅうと鳴いて…。

かわいそう、などとは思うわけもなく。

富田はただツルて、痩せてて食べるとこあらへん。

犬とかやったら美味いけど…などとお犬様令がまかり通る世でおそろしいことを考えていた。

食えないとなると、ワナに掛けたままというのは効率が悪い…。

他の獲物が掛からへんし、早よワナを空にせんと…。



足の痛みにうずくまったままのツルに近寄って、「動きなや」ごそごそと器用に動く指であっという間に、足に食いついたばねを外してやる。

が、傷ついたツルの細い足はふらついて、飛び立とうとはしない。

富田のほんの気まぐれ。

もとい優しい気持ちも、持ち合わせている。たまにしか発動されないが…。

「ああ…ほら。しゃーないな」

そう言いながら自分の手ぬぐいを懐から出して、こう薬を塗り添え木を当てて巻いてやった。

抗う気力もないのか、じっとおとなしく富田の手当てを受けていた。

ツルはヒョコヒョコ足を引きずりながら何度も富田を振り返り、森の中に入っていった。



それが何となくかわいく見えて、エエことしたなぁと自分を褒めていた。

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ