小話

□補足
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<<千代チチハハ>>


鹿おどしの音が鳴り響く純日本庭園が中庭から見える部屋で、東万太郎三十才は、通算二十五回目の見合いをしていた。カポーンカポーン…竹筒が流れて来た水によって、石の上に落ち一定のリズムで音を紡ぎだす。

家柄、学歴、容姿、大学講師と一流で何一つ劣るところのない男だが、今だ見合いが上手くいったためしがないのだ。

それもそのはずで本人の性格や言動に問題ありなのだ。奇行ともいうべき行動も、年を経てもいっこうに治る気配もない。両親の嘆きや懇願を一切無視して一人、放浪の旅に出ること過去五回。それも「ちょっと出てくる」のひと言で半月留守にすることは日常茶飯事で、「研究旅行に行く」と言ったら最後、一、二年は平気で帰ってこない。



息子の行く末を悩んだ両親が身を固めさせてしまえば何とかなるかもしれないと、一縷の望みをかけて見合い相手を選んできた。

しかし見合い相手との仲が上手く行きそうになると決まって、万太郎の奇行が詳らかになってしまう。

「申し訳ありませんが、今回のお話はなかったことにして…」と仲介者が断りに来ること二十四回。きちんとした見合いという形をとっていない話などを入れると、もう三十はとうに越している。

そのためこれが最後通牒だと、両親や親類から散々言い含められ仕方なく見合いの席に出ることにした。

万太郎の気に入るような女は今まで、一人たりとも現れなかった。確かに、容姿の美しい女や学歴の高い女もいた。だが、そんな女が欲しいのではない。万太郎のすることに付き合って一緒に楽しんでくれる女が欲しいのだ。自分の容姿や家柄目当ての女にはうんざりしていて、ちょっとからかって見ると冗談も通じないコチコチ頭で怒ってしまう。

その日の夜には、断りの電話がかかる。それの繰り返しだ。



今日も今日とて適当に、醤油と酢のどちらが自殺方法としての有効性があるかとか、鰻と西瓜によってもたらされる食中り何ぞを話して煙に巻いてしまおう。それでダメだったら、アフリカでペニスケースを着けて生活していた話でもすれば、大概の女は逃げていく…そう思っていた。



が、ひょうたんからコマならぬ、一目見たその時から恋の花咲く時もある、のに気がつかなかったのだ。



「芦屋に住んでらっしゃるお嬢さんでお名前を、佐藤多佳子さんと仰るの。今年高校をご卒業なさっていて、十九才ですって」

ちょこんっと座った佐藤多佳子は、一見するとまだ中学生かと見まごうばかり。

俯いた顔もどこか幼くどこかあどけない。予想外の相手に思わず、万太郎の毒気も抜けてしまった。

気がつけばいつもは絶対に聞くこともない、相手の好物だとかを訊ねている自分に愕然とした…。どう見ても子供な相手に、何を聞いているんだと心の中で舌打ちをした。万太郎の両親は、息子の態度に気をよくしてお決まりの「後は若いもの同士で…」といって席を立ってしまった。



仕方ないので、庭でも散策しますかと歯の浮くような台詞を吐いて、中庭に誘った。

ここでもしかして池にでも落ちてくれたら、この見合いもご破算になるだろうと思ったのだ。どうせ慣れない着物姿だ、足元もおぼつかないはず…まだまだ自分は結婚するつもりはない。

多少不便なこともあるがそこはそれ、金で解決すればいい。対した金額ではない、たまに玄人相手でもいざこざになる時もあるが、万太郎の口先ですべて明朗解決だ。

それにこんな子供は自分の趣味ではない…と思う。

まぁ確かに間近で見た顔は、それなりに可愛い。ふっくらとした頬に黒目勝ちな瞳、ぷっくりした口唇は半開きで、じっと見るつもりもなかったが目が離せない。半開きの赤い口唇が何とも、あどけない容貌とは逆に何やら淫靡でエロティシズムを感じてしまう。幼児愛好者ではないのに…。



「綺麗なお庭ですねぇ〜ほんまに…。うふふ」

にこにこと笑って池で優雅に泳ぐ、鯉を見つめている。

鯉が人影を見ると餌かと思っているのか、パクパクと口を開けて池の端に寄る。その鯉の真似をしてパクパクと口を開けて覗き込む。慣れない草履で前のめりになったせいか、ぐらぐらと危なっかしい。目が離せない…本当に。

「あっ…」

のめり込み過ぎてふらつく多佳子の体を思わず、抱き止めてしまった!

そのままにしておけば、池の中にどぼんっで見合いもお流れになったのに…。小さくて華奢な体を抱きとめて、その小ささに驚きまた、胸の中がむず痒くなるような気持ちに襲われた…。

万太郎は頭よりも先に体が動いたことに驚いていた。今まで、自分の思考については全部把握していた。それが今の自分のとった行動といえば、見合い相手を助けてしまっているじゃないかっっ!

おまけに離したくないなどと、一瞬頭をかすめた。何てことだ!!





自己嫌悪と後悔に苛まれて、その後のことはよくは覚えていない…。

気がついたら半年後、多佳子と神社で結婚式を挙げていた…。



隣で笑う多佳子に喉元まで出てきたからかいや、皮肉を飲み込んでしまう。

「かわいい」

そう言ってあどけない頬に口付けして初夜を迎えた。青いままの蕾を無理矢理味わうのも、捨てがたいがもう少し、待ってもいいかなと思う…。


東万太郎が研究旅行をするのは、それから二年後だった。







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