現代物
□くせになりそう/くせになる
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そして、国語、化学、歴史、保健体育…と試験が進み、とうとう最終日の数学になった。
望が一番キライな科目、数学だ。今までもキライだったが寺田に習うようになってもっと、キライになった。数式を見ているだけの寺田の無表情の顔が浮かんでくる。望の前だけ冷たくて、他の人がいるときは飄々とした明るい顔をするのだ。
自分だけがまったく相手にされず無視されているのが腹立たしい。
いいか見てろよっ!
メチャクチャいい点数とって、お前なんていらな〜いってしてやるんだからっ。
ぷっと頬を膨らまして試験問題をめくって、答案用紙に名前を書いた。
方程式に、グラフ…応用問題と多岐に渡っていたが、幸い寺田が出した練習問題に似たようなものがあった。ただ、望は最後までそれは完全には解けず、頭を何度も叩かれたのだが…。
解き方は大体、分かった。計算もたぶん間違えてないと思う。
「はい、終りー。後ろから答案用紙裏返して集めて〜」
試験監督の声が響くのと同時に、チャイムが鳴った。
試験が終わって全ての科目の答案が戻るまでの一週間、寺田は大学が忙しいとかで家には来なかった。
何となく拍子抜けしたような、でもあの顔見なくてせいせいするもんと思ったり…落ち着かない日々だった。
待ちに待った数学の答案用紙の返却日、望は胃が痛くて学校を休みたかった。だが、両親は望が元気なのは知っているし、寺田が来るようになってから甘やかさないようになっていたので、あっさり学校に行かされた。
数学は一時間目で教師が手に答案用紙の入った紙袋を持っているのを目にして、気が遠くなりそうだった。また赤点だったらどうしよう…寺田に馬鹿にされて怒鳴られる。それだけは避けたい。目には涙が浮かんできた。
次々と名簿順に名前が呼ばれ答案用紙が返されていく…。
「河島、河島望」
「は、はいっ」
緊張のあまり手足がかくかくする。何とか教壇までたどりつき、答案用紙を受け取るべく手を伸ばした。
「…よく頑張ったな」
いつもは「もっと勉強しろよ」と呆れまじりの声が?!
「へっ?」
ぼんやりと俯いていた頭を上げると、教師のにこにこ顔が。
「こことここは惜しかったが、それでも数式はこれであってるんだ。ちゃんと計算すればこれはあってるぞ」
「えっ?ほ、本当ですか?」
教師が手渡してくれた答案用紙には、赤いペンで大きく七十点と!!
今まで赤点だったことを思えば、物凄い躍進だ。答案用紙を手にして固まっている望に、さらに教師は声をかけた。
「今回のテストは難しかったみたいで、河島と森田と三宅だけが七十点代だったぞ。あとは全員言わずもがなだ!」
「ウソみたい…」小さくつぶやいて望は呆然と答案用紙を見ていた。確かに七十点とだけ聞くと、そう大した点数じゃないと思うが平均点が五十だと言う。それって、それってスゴイことじゃないかっ!!
その日一日、望の笑顔は一度として曇ることは無かった。振り撒かれる天使の笑顔にノックアウトされる者が続出したらしい…最も、当の望の預かり知らぬ事だが。
その瞬殺の笑顔は学校にいる間だけではなく、自宅に戻ってからも続行されていた。
大キライな寺田を前にしても、望の笑顔が曇ることはなかった。
そしてその浮かれた気持ちは望の行動でも現わされた。