現代物

□君の涙に虹を見た…
1ページ/30ページ

≪君の涙に虹を見た…。≫

ああ、またやった。何べん同じ事を、やったら気がすむんだ、こいつは。バカか。

広いフロアの中の狭い一角…。コピー機の前で青い顔をして右往左往しているヤツが。

周囲を見回して助けを求めているが、皆知らん顔だ。いつものことだと。

ピーピーピー、電子音が鳴り響く。

どうにも、たまらず俺は。

「どうしたんですか?」

ビクンッ。

薄い肩を震わせて振り返った。…おい、男だろう?ベソかいてるじゃないか。

第一、昼間だぞ…あんた。

「あ…どこか間違って押したみたいで…動かっ…ないんです…」

どうしようっ、とボールペンを握り締める指が白くなってる。

白くて小さな手。ボールペンがクラリネットに見えるぜ…。見間違いでなけりゃあ。

小さい子供の手だよ。

顔色は真っ青でぶるぶる震えてる。おいおい…。

俺は、優しくもないし親切でもない。人から感謝されることが、大嫌いで気持ち悪くて仕方ない。

そんな俺なのに。

「…ええと、たぶん大丈夫、すぐに治りますから」ってにっこりと、営業スマイルで答えてる始末。


いや、そりゃ俺はコピー機の営業と点検が仕事だけどさ。

いっくら仕事でも、インクやらで汚れて、せっかくのスーツが…って可能性もあるわけだ。

俺がいくら一部上場企業とやらに勤めていても、手取り二十万ちょいの、サラリーマンだ。

汚したりなんかしたら、クリーニングしたりして、明日から着る服に困るのだ。

給料の大半は貯蓄と投資、これが基本。無駄な買い物は一切しない。

当然、金のかかる付き合いはお断り!という性格故、自分で言うのも何だけど、ルックスや高学歴の割にモテない。

乗りかかった船だし、このまま放っておくのも寝覚めが悪い。

まずはコピー機のカバーを外して、紙送りのトレイ部分を細かく色々と、見ていった。これで大抵の場合は、原因が分かって対処方が出てくる。

よくある故障の原因は、案外単純なインク漏れや紙詰まりがほとんどだから。

小さな紙の切れ端が挟まっていて、詰まったみたいだった。取り除いて、インク汚れもついでに拭いておく。

それから、設定された内容を確認して、試し刷りをしてみた。

多少掠れてるけど…これで大丈夫だろう。

十分ほどで何とかコピー機は、動くようになった。

ギー、ピピッ。

「もう、大丈夫ですよ。設定し直しましたから。すぐ使えますよ」

ぱっと顔を輝かせて、俺の方に向き直った。

「ありがとうございます!良かった〜壊しちゃったかと思った。は〜」

本当にありがとうございますっ!ぴょこんっと頭を下げて、俺の手を両手で握る。

「やっぱり、コピー屋さんはすごいですね〜、俺びっくりしちゃった。すぐに直るんだもん。あはっ」

古川さん、でしたよね?…すごいです〜と人の良い笑みを浮かべて、取引先の年下の俺に感嘆の声をあげるのは、美若食品株式会社総務課の男。

東千代ノ介。名前負けしてると誰もが思う、ドン臭さ。

俺は、この会社に来るたびにあいつを見ると、神経がぶち切れそうになる。

イライラするのだ。

何となく、釈然としないまま総務を後にして、営業部のフロアに入った。

総務は三階で、何故か営業部が二階という、変わった会社だ。

営業部ということで、ほとんどの人が出払っていたが、一人デスクで何か書き物をしているのが目に入った。あのデスクは確か…。

やっぱり大野さんだ。俺はこの人が、割と好きだ。口調も優しいし、何より年下だからって、俺のこと馬鹿にしたりしないし。

他の人は、特に年配の人にそういう所がある。まあそれも、コンプレックスの裏返しだと思って、俺は気にしないようにしてるけど。

大野さんは確か三十代半ばで独身らしい。らしいって言うのも本人の弁じゃなく、噂をしていたのを耳にしただけだから。

事務の人が「勿体無いわ。優しいし給料いいし〜」と残念そうに言っていた。

「あ、古川くん。久しぶり」

デスクから頭を上げた大野さんは、俺を見て立ち上がってわざわざ、挨拶してくれた。こういう所が、上手いんだよな。さり気無くて。

挨拶もそこそこに、コピー機のメンテをしながら、世間話をしていた。

堅実路線の会社で大丈夫とはいえ、人不足でもないこのご時世で…。よくあんなドン臭いのを、会社に置いとくもんですねーと、うっかり口を滑らせた。

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ