現代物
□君の涙に虹を見た…
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マグカップを手に、大野さんがちょっと困惑した表情をした。
「古川くん、君はっきりと言うんだね〜」と苦笑しながら、話を続けた。
「…仕方ないんだよねぇ。東くんは社長の甥御さんだからネ」
大野さんの話によると、私立の三流大学をかろうじて卒業し、成績もあまり良くなかった。社長の妹さんってのが、あいつの母親で何とかって、無理矢理に頼み込んだらしい。
「ま、ホントの所はよく知らないけど、そう噂してるけどね〜」
ダイエット中だとかで、大野さんはブラックを薄めて飲んでいた。
どうも最近、太ったと誰かに言われたらしく、気にして砂糖を控えてる。
俺がそんなに太ってませんよ、と言ってもお世辞はいいよ、と言って聞かない。やれやれ…本当に太ってないのに。
それにしても、なるほどねぇ、親のコネで入りこんだってわけだ。そうだよな。
この不況下であんな、バカボンを入れるはずないもんな。優秀なやつは沢山いるんだから。おかしいと思った。
コピーも満足に取れないし、パソコンなんて使いこなせんのか?と思う。
ドン臭いが服来て歩いてるような、そんな男。でもいくら鈍くても、あそこまで何もできなかったら、ツライだろうな。会社にいても。
…って俺、あのドン臭い東のことが頭から離れてないじゃないかっ!ったく。冗談じゃないぜ。
美若のビルを出て、会社で今日の日報を書いてても、顔がちらついて仕方がない。何とか適当な言葉で日報をまとめて、マンションに帰ったが。
困って半べその表情が…。
人の良い笑顔…。
眠れない!!ギンギンに目が冴えて、疲れてるのに。
頭から出て行かない!!
気がついたらもう、二時だった…。頭を冷やそうと冷たいシャワーを浴びて、ベッドに入った。
何度寝返りを打ったか…。羊を数えたり、数式を唱えたり…色々と試してみたけど、その日は明け方まで一睡もできなかった。
朝刊が新聞受けに入る音がして、とうとう諦めた。起き上がって顔を洗って洗面台を見た。
鏡に映る俺は、まるでお預けを食った犬のような、間抜け顔をしていた。目の下にはクマができて、情けない…。
通勤電車でも、会社に着いて受付に挨拶しながらも。
昨日の顔が頭から離れない。
会って、話したい。顔が見たい。
仕事も手につかないテイタラクぶりで、何度、課長に注意されたことか。
小さなミスも許さない完璧主義の課長には、こってりしぼられた挙句、お局様には「今日はどうしたの?」とからかわれ…。
それでも、昨日の今日で…と自分に問い掛けてみても、答えは一つ。
東が見たい。
それだけだった。
どうしてなのか自分でも理由はわからない。
いや、それは一時の迷いだ。疲れてるからだと無理やりに思い込み、仕事を何とかこなしていった。
何度かミスをしたが、上手く周りがフォローしてくれ、やり過ごせた。
でも、眠れない。
どんなに体を疲れさせても、ダメで。
奥の手だと女を誘ってコトをいたそうと思っても、勃たないし眠くもならない。反対に、気分が悪くなって、ホテルから出た位だ。
女には「インポ?」と笑われるし…最悪この上ない。