現代物

□君の涙に虹を見た…
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≪君にお手上げ≫




「千代さん、お願いね」

少し心配そうな多佳子の声に、東千代ノ介は大きく頷いて「まかせてよ」と胸を叩いた。幼い顔立ちからまだ高校生くらいかとよく間違われてしまうがれっきとした大人、社会人である。もっとも中味の方は完全に高校生並だが…。

玄関口で自信たっぷりにしているのは、東千代ノ介じき二十八才になる。たとえ二十七才に見えなくて、この前も居酒屋で少年科の刑事に補導されかかったとはいえ、二十七才の大人だ。

母親の多佳子の兄、千代ノ介には伯父の経営する美若食品株式会社に五年前、縁故就職した。到底この不況下では、千代ノ介の学歴と実力では就職できないことを周囲と姉が、多佳子に説明して何とか頼み込んでの就職だった。毎日失敗ばかりして上司や先輩&同僚に叱られながらも、何とかやっている。



ほんの七ヶ月前も叱責されてトイレで泣いていた所を、取引先のサラリーリーマン古川緑雨に見つかって以来、何だかんだと付き合いが始まって。そして、とうとう夏には告白され『お付き合い』をする仲になっていた。

もちろん、東にとって男と付き合うことはおろか、今まで誰とも付き合ったことはない。

だから交際を始める際には、「母に会って下さい。それからです…」と返事をして、古川の度肝を抜いた。そして言葉どおりに先月、自宅に古川を招いたのだ。古川はスーツを着て緊張した面持ちで自宅に来た…。



千代ノ介が連れて来た男が息子の交際相手が男だと聞いても、お嬢さん育ちの多佳子は全く驚かなかった。むしろ目の前にした男に、にっこりと笑顔で挨拶をした。「あら、そうなの…これからもよろしくお願いしますね」

多佳子の対応に、反対に古川の方が焦ったくらいだった。

さすがこの親にしてこの子ありだと、その後ずっとつぶやいていたことは東は知らない。筋金入りの芦屋生まれの芦屋育ち、完全なるお嬢様で子供の作り方も知らないと、二人も子供がいる多佳子は言う。そんな母親を見て育った千代ノ介である。押して知るべしだろうか。



長女の千佳子が二人目の出産で実家に戻っていたのだが、いよいよ産気づいたため産院に入院して、その間一人目の子供の世話を母親の多佳子がすることになっていた。しかしどうしても抜けられない会があって、その間千代ノ介が面倒を見ることになったのだ。

と言っても多佳子に面倒が見れるはずもなく、ベビーシッターを一人頼んではいた。その人が来るまでのほんの二時間ほどなら、自分でも大丈夫と安請け合いしたのだが……。

そうは問屋は卸さないのが世の常というもの。

すやすやぐっすりと眠っていた赤ん坊は、ふと目が覚めて周囲に誰もいないことを知ると、火がついたように泣き出した。

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