現代物

□君の涙に虹を見た…
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「ギャアアアアーーーーー」

耳をつんざくような泣き声を張り上げて、優しく自分を見てくれる人を探した。

その声を聞いて大急ぎで赤ん坊がいる部屋に駆け込んだ千代ノ介だが…、もちろん赤ん坊の世話などしたことがない。だからこそ、安請け合いしたのだとも言える。子育ての大変さを舐めてはいけないことを痛感するのだ、後に呼び出されることになる古川と共に。



泣く赤ん坊の名前を加代子と言う。その加代子の名前を呼びながら必死であやした。

「ほらほら〜加代子ちゃんv泣かないでーよしよし…」

どーしよーと焦りながらも千代ノ介は慣れない抱っこを一時間ほど続けて、何とか寝かしつけた。

良かった〜やっと眠ってくれた。ほうっと安堵のため息を吐いて、慎重にカゴの中に赤ん坊を寝かせた。全神経を使って、抜き足差し足忍び足…部屋を出た。

頼んであるベビーシッターは姉の友だちで千代ノ介もよく知っている女性だ。豪傑でよく気の付く人で、本当に頼もしい。毎日は無理というので、何か用事がある場合にお願いしていた。

本当は、夜から古川と一緒に映画を観に行くことになっていたが…。今日も母親が頼んでくれていたので、安心してそれまで待てばいいと思っていた。



だが運の悪いことは重なるものである。赤ん坊が寝静まっておとなしくなり、千代ノ介も大好きなテレビ番組を見ていた時にそれは起こった。



トゥルルルルル……。

母親の多佳子の趣味で電話機にはフリルがふんだんに使われた電話カバーが着けられている。その受話器を手にした千代ノ介の耳にいつもの陽気な声が入ってくる。

「はい…もしもし東です。ああ…洋子さん。まだ時間には……えっ?……はぁ………ああ。いえ、分かりましたぁ。仕方ないですもんね。いえ…あ、大丈夫です。なっ、何とかなります…」

姉の友だちの洋子は大型トラックの運転手をしていて、つい半年ほど前に再婚して、以来家事に専念するため仕事を減らしている。

が、スピード狂の車好き、知り合いからの仕事などをたまに受けている。今日も、急ぎの仕事が入ってしまい断れないと言う…。仕方ないのだ、母が急に頼んだのある。それにベビーシッター代も洋子は、絶対に受け取らない「友だちだから、要らないよ。そんなもんミズクサイやん」と。だから無償で来てもらっているのとほとんど違わない。

千代もその洋子に、無理は言えない。となると、夜に約束していた古川との映画はキャンセルになる…。

ああ、せっかく約束してたのに〜。ずっと嫌がっていたのを千代が頼み込んで、ピカと鳴くキャラクターのおもちゃが付いた特別切符を買って来てもらったのに…。何て謝ったらいいのかなぁ…。せっかく…でも、加代子がいるから、仕方ないもんねっ…。


スンっと鼻をすすり泣きそうになるのをぐっと堪え、目の端に入った時計に視線を動かした。

見ると寝かしつけてからもう二時間たっている!慌てて加代子の様子を見に行った。



孫の部屋と化した姉の部屋のドアノブに手をかけ、部屋の中からするどい泣き声が聞こえて来た。

え?ウソッ!

ドアを開けて、千代ノ介はベビーベットへ視線をやると赤ん坊はそこに姿はない。

きょろきょろ声のする方を見ると、ベッドと壁の間に挟まって泣いているではないかっ!

急いで隙間に落ちた加代子を抱き上げた。あやそうとして胸に抱きこもうとするが、顔を真っ赤にして暴れるように泣いている。おまけに小刻みに手足は震えてる…。さっきの泣き方と違うことだけは、オバカな千代ノ介の頭でも充分に分かった。




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