現代物

□君の涙に虹を見た…
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うんっ、と泣いたカラスが元気良く返事をして、姉から預かったのであろうカバンから手帳や保険証を出している。その様子に、何となく古川もまるでヨメさんみたいだな…などと思ってしまう。

男同士でヨメさんもへったくれもないのだが、非常事態だというのにそんなことを考えてしまう辺り、かなり古川もキている。



古川の車でおよそ十五分ほどで救急病院に着いた。受付で簡単な書類に目を通して、診察室に案内された。

東は抱っこしている加代子を年かさの看護婦に預けて、ちょこんとイスに座った。その後ろには古川がさりげなく保護者として立っていた。

テキパキと若い女医が赤ん坊を診察台の上に乗せながら、無駄なく質問する。

「赤ちゃんがボタンを飲み込んだんですか。…それって何時頃でした?」

「…えっと…たぶん五時くらいだと思うんですけど…俺見てなかったから…」

「五時、なるほど。で出たボタンは?」

「あのっこれです!これっ」

東の手のひらに、小指の爪くらいのボタンが乗っている。

ボタンの大きさを見て頷き、むずかる赤ん坊を看護婦に押さえさせ、トントンと胸を叩いて聴診器を当てている。

「…ふんふん。異常はないわ」

喉はどうかなぁとつぶやきながら、看護婦に指示して口を開けさせた。

ぐるりと見て、炎症部分もなく赤ん坊も発熱や嘔吐などをしていないことから大丈夫そうだと、固唾を飲んで待つ東に告げた。

「ほ、ほんとに?」

「ええ、もし自宅に戻ってから発熱とか嘔吐があった場合は病院に来て下さい。まぁ大丈夫だと思いますけど」

「じゃあ、お父さん。こちらへ来てください。お薬とかを一応お教えしますから」

先ほどの年かさの看護婦よりも少し若い看護婦が、東に薬の説明をし始めた。

「あ…すみません、こいつが聞いてもきっと忘れると思うので…俺が代わりにお聞きしますから」

「えっ?あ…お兄さんですか」

「違いますよぅ!りょーくんは…」

「…はっ?」

「…千代…お前は良いから…俺が聞いておくから。で、看護婦さん?」

「あっ…は、はいぃ。えっと…このお薬を一応出しておきます。もし微熱が出た場合のみ飲ませて下さい」

「はい、分かりました」

深々と頭を下げて目の端に入った、赤ん坊を胸に抱いて相好を崩して喜ぶ東に、何となく古川も父親の気持ちになって発言してしまう。

「だから俺が、大丈夫だって言ったろ?心配性だよ、お前」

「…ほんとだねっ!りょーくんの言った通りだった。すごいね〜りょーくんv」

「バーカ。お前が慌てもんなだけだろ?まったく…」



いちゃいちゃと互いの顔を見ながらこんな台詞を吐き合う二人。

まるで新婚夫婦のような会話をしていることにも全く気が付いていない…。

「せんせぇ、ありがとうございましたっ!」

「…お手数かけました、失礼します。ほら、行くぞ」

「うんっ。ねーねー、りょーくんお腹減った〜」

「そーだな、何も食ってないもんなぁ。ラーメンでも食って帰るか」

「わぁっ!ほんと…嬉し〜い。俺ね、塩バターがイイっ」

「分かった分かった、ギョーザもだろ?」

「うん!あ…せんせぇ、さよーなら〜」



受付を通って会計を済ませる男二人の後姿を、呆然と見送る女三人。

「りょーくん…」

「りょーくん…」

診察室には次のベルがなるまで、女医と二人の看護婦の魂はしばらく抜かれたままだった…。



END.
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