現代物

□泥の家
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小賢しくずるい兄と生真面目で優しい弟、こつこつと真面目に日々を暮らせば必ず報われる、何とも馬鹿げた押し付けがましい昔話。けれど、金貸し黒田の三兄弟はこれとは真逆で。

長男の純一は、子どもの頃から神童としてこの界隈で有名で、その期待に応えてストレートで医大に入学し、医師になった。次男の和彦は、純一ほど優秀ではなかったけれども、運動神経が優れていて体育大学へと進み柔道で国体の強化選手となった。

三番目は…。
年の離れた兄二人と比べて容姿でも頭脳でも見劣りのする三男正彦は、忙しさにかこつけた両親から、その存在を抹殺されていた。食事も小遣いも充分に、充分すぎるほど与えられたが、両親から見返られることはなかった。
幼かった正彦が取った行動は、家中の襖や障子に穴を開け、手当り次第に物を食べることだった。父親は低く唸り、母親はかすかに眉を顰めるだけで、すぐに襖と障子は新しい物に取り替えられただけだった。叱られも怒鳴りられもせず、正彦はその存在を消された。
正彦はひたすら毎日毎日、インスタント食品や高カロリーのスナック菓子を食べて、両親の注意を引こうとした。一人で家族四人分の食料を平らげては、腹痛と吐き気で苦しんだ。
それでも食べることを止めなかった。醜く太れば太るほど、容姿の整った兄二人から遠く離れ、両親から顧みられることはないのに。
それが子どもだった正彦には分からなかった、そして、分かった時には遅かった…。

十三歳ですでに成人男性なみ以上の身長と体重をその身に備えていたから。優秀だった兄たちと、行く先々で容姿や頭脳を比較された。家族の中だけでなく、親戚や学校でも同じだった。特に次男が卒業したのと入れ代わり入学した中学校では、最悪だった。
黒田の弟ということで教師だけでなく生徒からも注目をされていたから、いざ正彦が学校に通うようになってからは…大変だった。容姿で苛められ、嘲笑われ、成績で教師からは叱られた。学期末になると、職員室に呼ばれては「勉強が駄目ならばせめて運動だけでもお前の兄貴くらいにできればな」何度ため息混じりにそう言われ、しまいには「本当に黒田の弟なのか」と教師から言われた。

そんなことは他人から言われなくても、正彦自身が疑問に思っていたことだ。家族の中で一人だけ、百キロ近い体重の持ち主なんて…。兄たちはすらりとして痩せた体つきをしているのに。赤ん坊の時に病院で取り違えられた、どこか知り合いからの貰い子だとか…色々と考えてみた。肉に埋もれてはいるが、鏡の中の正彦の顔は父親にそっくりで、妙に甲高い声は母親に似ていて、実の親子だというのは疑いようもなかった。
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