幻想物
□お祭り企画
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夜も更けた子の刻。
寝酒をひっかけて、せんべい布団の中にくるまって寝ようとしていたところだった。
そこへトントン。
控えめに戸を叩く音がする。
こんな夜更けに…気のせいか?外の吹雪の音かもしれない…。
富田は無視しようと思った。
が、また控えめに叩く音が…。
トントン。
布団をめくって、かい巻きを肩にかけて戸越に問いかけた。
「…誰や?こんな夜更けに」
いぶかしげに問う富田の声はややドスがきいている。
「あの…旅の者ですが…道に迷って」
若い男の声が戸惑いがちに答える。
「たびぃ?こんな吹雪いてんのにぃ〜?」
旅の最中だと答えた若い男の言葉に富田は驚いた。この真冬のさなかに…急ぎの用があってもこの雪で里の者でも山越えをあきらめるのに。
「…どうか…一晩泊めていただけませんか」
控えめでやわらかい男の声が、泊めてくれと頼んでいる。
にやっと目尻が下がってしまう。
もっとも富田は不細工は相手にしない。来る者は拒まずだが、良いということはなく美醜に厳しいのだ。
「ええよ。入りー」
かんぬきを抜いて、戸を開けるとびゅーっと冷たい外気が中に入って来る。この吹雪いて寒い中、よく歩いて来たもんだと思う。かい巻きをしていてもぶるっと震えるくらい、外気は冷たい。
「…すみません」
両肩に雪を積もらせた男は、すまなさそうに頭を下げて中へ入った。
ふっと自分の肩に積もった雪に気がついて、男がまた外へ出ようとしたのを「かまへん」と言って止めた。また戸を開けられると冷気が入って富田も寒くて仕方がない。
行灯の明かりの下に見た若い男は、富田の好みだった。雪をていねいに払い、濡れた体を富田の差し出した手ぬぐいで拭いているその姿は…。
白い肌と細い体に少しきつめのどんぐり瞳。
派手な顔立ちではないけど、整っていて充分イケる。
コレはコレは…。
めっけもんかも知れへん。
にんまりと女殺しと噂される整った顔を崩して、男を囲炉裏のそばに勧めてやる。
「寒ない?もっとほら、火のそばによりや」
板間では足が冷たく痛いだろうと、さり気なく座布団を渡してやる。
ちょこん、と戸口の方に座っていた男は、富田のそんなしぐさに安心したのか、にっこりと笑顔を見せた。
「…すみません。あの…お休みのところを…」
申し訳なさそうに深々と頭を下げた。俯いた拍子に見える男の白いうなじが何とも色っぽい。
思わず、ごっくんと唾を飲み込む。
「ええねん、ええねん。…それよりもあんた、名前は?」
「はい…まさしって言うんです」
「まさし」
「はい。あの、何か?」
富田が名前を言ったとたんに黙り込んだので、何か気にさわったとでも思ったのか小首を傾げる。
またそのしぐさが愛らしい。
か、かわいい…。
「…腹は減ってへんか。イノシシ汁ならあるで?」
囲炉裏にまた鍋をかけて先ほど食べた残りを温めてやる。手際よく、押し付けがましくないように…。
「いいえ。そんな…」
あくまでも控えめな男の態度がいい。やっぱり奥ゆかしいのがエエな。
ほんでその顔を…。
喘いで泣かして達かせたい。
もうすっかり富田の頭の中であ〜して、こ〜してと妄想が広がっている。そんなことを思われているとは露知らず、まさしと名乗った男は手渡されたイノシシ汁に箸をつけていた。熱いのかふうふうと赤い舌を出して汁を冷ましている。はふはふ言いながらすっかり汁を飲み干して顔色は、格段に良くなった。白い頬に赤味がさして白桃のような瑞々しい色が目にまぶしく股間に熱い。
他愛ない会話を半時ほどしていると、腹がくちたのと旅の疲れからか、まぶたをとろんとさせ始めた。頃合を見はからって話を切り上げて、布団に入るようにすすめた。
「…眠たいんや。ほら…こっちに布団敷いてあるし…」
そう言ってまさしが来るまで、寝ていた布団を指さす。さすがに、まさしは首を振った。
「あの、だって…」
「ここには、布団一組しかあらへんねん。せやから、一緒に寝んとあかんねん」
「…板間に寝ますから、どうぞ…」
「も〜遠慮せんでええって。板間なんて、寒いし〜」
にこにこと笑顔で勧められ富田の本性を知らないまさしが、「本当にいいんですか?」とうっかり答えてしまっても…。誰が彼を責められるだろうか。嗚呼、合掌。