上×一は

□愛おしくて、
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「…、」


少し、気分を切り替えようと思って軽く走った。

お馴染みの山を登ったり、降りたりした。


は、は、と続く呼吸の旋律。


程よい、疲労感。

走れば、何も考えなくて済む。


ただ、走るだけなのだから。


「…っ」


それでも、目が空を捉えれば、あの子の笑顔を思い出した。


金吾。

私は金吾が好きだ。




学園に戻って、息をつく。

裏庭から戻っていたら、踞る一年生が見えた。

短い髷は風にサラサラと揺れ、その艶やかな黒髪にもしかして…と思って近付いた。


がさがさ、と草を踏む音に振り向くその子。


「…七松先輩」


「…金吾」


やっぱり、その子は金吾で。

私の愛しい子。


姿を見るだけで、胸が躍る。


気分が高揚する。


心が温かくなる。


「どうしたんですか、こんなところで…」

「お前も、どうした…一人で」

「…ぼ、ぼくは、喜三太と、喧嘩しちゃって…っ」


私を見上げていた目がす、と下に落ちる。
その目は今にも涙が零れそうで。

ぐ、と泣かないように我慢するその姿がとても、私の心を鷲掴みにした。

金吾が甘えん坊と泣き虫な性格を直す為にここに来たことを私は知っていた。


だから、泣くまいと頑張っていることも知っている。


「ぼく喜三太に酷いこと、言っちゃって…でもどうやって謝れば、良いのか…、分からなくて」


でも、金吾はまだ十歳で。
泣きたい時に泣いた方が、身体的にもいい。

ときには思いっきり泣いた方がいいのだ。


かつて、私がそうであったように。
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