上×一は

□愛おしくて、
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「…機嫌が、いいな」


ぽそり、と呟かれる言葉。


同室の長次の声だった。


この部屋には私しかいなくて。

つまりは私に向けられた言葉で。



「…そうか?」



機嫌がいいか。

確かにそうかもしれない。


「何か、いいことでも、あったのか」


その声が穏やかで。


長次の声はいつも、親が子供に物語を読み聞かせをしているような、そんな声だ。


思わず言ってしまいそうになる、今日の出来事を。


でも、これは自分の中に仕舞っておきたい。

この温かな想いは自分だけの物にしておきたい。



「ああ、まあな」



そのかわり、満面の笑みを長次に向けた。

長次も無表情ながらも、少し微笑んでいた気がした。


こんな些細な幸せ。


このまま…


私の側に



いてはくれないだろうか。



淡い期待を膨らませる。



「…金吾」



暗い天井に向かって、私は小さく呟いた。



好きなんだ、金吾。



願う事なら、私だけの金吾になって欲しい。



「…」



向日葵のように笑う金吾が

紫陽花のように泣く金吾が




瞼に焼き付いて、離れない。
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