剣風帖text
□わすれなぐさ
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龍麻が、わからない。
「おはよう、美里」
「……え?」
さっき登校してきてから、こいつは四回も、それぞれ別の女生徒に、こうして朝のあいさつをしている。
もちろん、美里葵本人ではない女生徒にだ。
教室に入ってくるなり、ちょうど教卓に花を生けていた葵をスルーして、横にいたヤツに朗らかに声をかけたのが一回目。
あまりの出来事に、眉毛を八の字にして、ショックで固まってしまった美里をよそに、龍麻は首をかしげ「あれ?」と呟き教室を見回した。
そして。
「ごめんごめん。美里、おはよう」
そう言って、遅れて登校した別の女子に手をふったんだ。これが二回目。
あぜんとするクラスメイトには気付かず、龍麻は更に、廊下を通ったアン子や、下級生の子にまで「おはよう美里」とさわやかに微笑んでいる。
転校してきてから2ヶ月は経ってる。顔を覚えてないってことはねえだろうし。
「おはよう、京一」
「……おう」
だよなァ。オレのことは、ちゃんとわかるもんなあ。
これはアレか。
葵と龍麻の間に、なんかあったのか。だから龍麻は、葵への怒りのアピールとして、わざと間違えてんのか。
……んなハズねぇよなあ。
龍麻はいいヤツだ。
たとえ気に食わないことがあったからって、ガキみてえな嫌がらせをするはずはない。
「……あー! わけわかんねッ」
やっぱ、朝イチで学校なんか来るモンじゃねえ。
いつも通り午後からのんびり登校してれば、こんなコトで悩まずに済んだんだ!
「どうした? 京一。調子悪いのか?」
心配そうに顔をのぞきこむ龍麻。あァそうだよなあ、お前やさしいもんなあと乾いた笑いで返し、オレは机に突っ伏して頭を抱えた。
アレが悪意ではないとすると、龍麻は化け物の攻撃で、誰もかれも美里の姿に見えてるとか……いや、そりゃあねえよなあ。
昨日は朝まで如月ん所で宴会だった。だからオレも、龍麻や醍醐に叩き起こされたおかげで、遅刻しないで登校したワケだし。
昨日もその前も、龍麻に変わった様子はなかった。
じゃあなんだ。
オレの見間違い聞き間違い勘違いか?
「京一、二日酔い? 水、飲んだら」
「サンキュ」
龍麻の手からミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、額に押し当てる。
二日酔い。そうかもしんねえ。
相変わらず龍麻はやさしいよなあ。こんなの、いつのまに買ってきてくれたんだ。
やさしい……のになァ。
なんで葵だけ、あんな風に無視すんだよ?
「なあ、龍麻―――」
「おっはよーッ!」
小学生か!と突っ込みたくなる元気な声が、オレの言葉をかきけした。
クソ、小蒔の野郎。
「ええと……」
オレの机に寄りかかっていた龍麻が、怪訝そうに小蒔を見つめている。
なんだ?
「やだなぁ、緋勇クン! いい加減、ボクたちの顔ぐらい覚えてよッ」
………は?
「ごめん。昔から、苦手なんだ。学校って、みんな同じ服着てるし」
マジか。
もう2ヶ月、通算61日一緒に過ごした仲間だってのに、まだ顔の見分けつかねえのか。
慣れっこだけどねーと明るく笑い、小蒔は葵の肩を叩いた。
「しょうがないけどさッ。やっぱ、ちょっと傷つくよねー。ねえ葵」
「……そうね。ちょっとだけ、さみしいわね」
いやいやいやいや。
そんなアホな。
「このクラス、髪の長い人が多いから……。みんなだけなら、ちゃんとわかるよ。放課後なら」
確かに、朝から声かけてたのは、全員、葵と同じロングヘアばっかだけどよ!
そりゃ、ありえねえだろッ!!
「がんばって覚えるから、もう勘弁してくれよ。な、醍醐」
「緋勇くん。それは、佐久間くんよ」
「え!?」
……マジだ。
マジでこいつ、男か女か、体格ぐらいしか、見分けついてねえんだ。
でも、じゃあなんで―――
「きりーつ」
日直の号令とともにチャイムが鳴った。
オレの疑問は、昼休みまでお預けになった。