外法帖text

□紐(ひも)
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花火だ。

赤い髪がはじけ、残像を残して、広がる。
花火のようだと霜葉は思った。

「くそッ、うまくいかねえ」

香の煙のような紐が、赤い髪から現れる。

こちらに背を向けた花火、蓬莱寺京悟は、まとまらない髪に舌打ちした。

「んだよ。見世物じゃねえぞ」
「通りがかっただけさ。お互い不幸な偶然だ」
「そうかい」

反論する霜葉なぞ振り返りもせずに、京悟は再び、散らばる髪を束ねようと試みた。

細い紐の端を食わえ、あぐらをかいて頭を垂れ、髪を結わく。
指の隙間からするり逃げていく髪をすくいあげようとすると、別の束が逃げる。

苦戦しているな。

見るともなし、眺めていた霜葉に、ふいに声がかけられた。

「見物料だ。手伝え」

絶句する間もなく、後ろ手に紐が突き出される。
仕方なし受け取り、霜葉は京悟のすぐ後ろに立った。

「どうすればいい」
「邪魔にならなきゃ何でも」

いつも通り頭の高いところで結べばいいかと、赤毛をかきあげる。
指に絡み付く赤毛は、乾いた血の色をしていた。

血を束ねる。
乾いた血をすくいあげて、束ねて紐で結わく。

なんとも自分に相応しい役目だと霜葉は思った。

逃げる血を捕まえる。
赤毛を。

「下手くそ」
「それは、済まないね」

髪をつたい指先に宿る声へ詫び、始めからやり直そうと、捕らえた血を放つ。

また、花火。

間近で見る花火は、柳が如くに、白い首へと流れた。

「───白い」

言葉にした途端、すらり白く伸びる首筋が、いっそう眩さを増す。霜葉の目を眩ませる。

僅かに、京悟の首が傾ぐ。
つられ、手の甲を赤毛が撫でる。

背骨を魔物に掴まれたかのように、霜葉は身震いした。

手が、操られる。

吸い寄せられ、うなじから喉元へと這う指先は、いつのまにか、首を丸く閉じ込めていた。

「なんでえ」
「──白いな、と思った」
「変わらねえだろ」

身動ぎも戸惑いも見せず、京悟は霜葉の袖を引いた。
お前も、そう変わらぬ肌の色だろう、というのか。
しかし。

「白いよ……例えば」

絡み付く爪先をかるく立て、痛みを感じぬ程度に肌を刺す。

「力をこめれば、折れてしまいそうな色だ」

いちど絞める真似をしてから、名残惜しげに手を下ろす。

爪痕は乱れた赤毛と混じり、どれが本物の傷かわからない。
傷を探し、霜葉は京悟の首を丹念に指でたどった。

「───で、髪は」

気にも留めぬ口振りに、霜葉の手が止まる。

「疑わないのか?」
「何を」

指の下、流れる赤い血と、指を包む赤毛、どちらも、力を入れれば、消えてしまう。

「……このまま、首を絞められ、殺されはしないかと」
「馬鹿馬鹿しい」

間髪入れずに返される。
首に巻き付いた掌から、じかに伝わる声、自問自答のようだ。

内なる声を聞くため押し黙る霜葉に、京悟は続けた。

「その前に叩っ斬ってる」
「信用…しているとでも?」
「さあな」

吐息。

動く喉が、霜葉の心臓を止める。

「今は、やらねえだろ…って、そういう気がするだけだ」
「……ふうん」

首筋から耳を撫で、霜葉の手が、再び髪をかきあげる。掴んだ赤毛を、受け取った紐で結い上げた、そのとき。
きつく縛り過ぎたのか、髪結い紐は、ぱちんと千切れた。

花火だ。
掌を、白い首筋を照らす花火、眩しくはかない。

「あーあ、困ったな」
「───いや」

切れた紐を懐へ仕舞い、霜葉は己の束ねた髪をほどくと、かわりに京悟に巻き付けた。

頭の高い位置、白いうなじと首筋がよく見えるよう、赤毛を丁寧に束ねる。
紐の端を噛み、小さな蝶結びをすれば仕上がりだった。

「時間がかかって、すまなかったね」
「頼んだのぁ、此方だ」
「けど」
「助かった。有難うな」

立ち上がり振り向いた京悟には花火の面影はなく、霜葉の指から、肌の熱は冷めていく。花火とは、はかないものだ。

「お前は頭、どうすんだよ」

解いた霜葉の髪を、京悟が不思議そうに見つめる。

「君と違って、そう邪魔にはならない」
「でもよ」

霜葉は、懐の千切れた紐を確かめ、笑った。

「千切れた替わり、買ってくるよ。そうしたら返してくれ」

うなずいた首を、後れ毛が流れる。

赤い髪、白い首筋、目に焼き付く花火の残像。




‥ 終 ‥

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