みじかいの

□モテ系
1ページ/4ページ

■ 季節限定初恋カフェ ■


「……早いなあ。もう、こんな季節か」
「俺、一年の時、アレに騙されてさあ……」

洗い場で皿を片づけていた剣部員たちが、懐かしそうに、ひるがえる矢絣を見つめる。

学園祭でにぎわう私立真神学園の一角、剣道場前にて開催されている「大正カフェ」は、満員の盛況、店を、ほぼ一人で切り盛りしているのは、袴姿の女給だ。

「まだ部活入ってなくて……客で来てさ。そしたら」
「俺もだよ。こんな、かわいいマネージャーいるなら、剣道部も悪くないなって思って」
「なんかさあ、恋とか始まんじゃねえの?って思ったよな。それが……」

更衣室のベンチを並べ、赤い布をかけただけの長椅子。教室の机を組み合わせ、白いクロスをかけただけのテーブル。学校近くの和菓子屋で仕入れた茶菓子に、やかんで煮た薄いお茶。
店自体はひどいものだったが、集まる客たちの目当ては、紅一点である女給だった。

「京一せんぱーい! 遊びきちゃったー」
「あいよ、いらっしゃいませッ」
「ちょ、マジかわいい! いっしょに写真撮ってくださーい」
「まあまあ。まず注文聞いてから、な。はい4名さまご案内!」

群がる女生徒にメニューを渡し、客引きに戻る女給───の、姿をした、蓬莱寺京一は、桜のように可憐に、笑った。

「──部長、だったんだよなあ……」



剣道部大正カフェの歴史は、3年前に遡る。

部費は払わない、先輩の言うことをきかない、そもそも練習自体に顔を出さない、新入生でいちばんの問題児、京一に、当時の部長が「部費の分、学園祭の売り上げに貢献してもらう」と、命令を下したのが発端だった。

なまけ者で反抗的でいいかげんな京一にも、ひとつだけ長所がある。

それは、顔だ。

半ば脅迫するように衣装を着せ、厳重な監視のもと女給をやらせた結果。
ときの部長の判断は正しかったことが証明された。

学校一の売り上げ、京一を女子マネと誤解した大量の新入部員を獲得でき、そのうえ京一も、女子たちに「かわいいかわいい」とちやほやされて、すっかりご機嫌だった。

かくして、真神学園の学園祭では、剣道部の大正カフェが恒例となったのであった。

「来年…うちの部、どうすんのかなあ」
「留年してくれればな……」

そもそも、京一が未払いだった部費のマイナス分もなくなるのだから、金銭的にダメージはないが、入部希望の男子が減るのは痛い。それに。

「ヨーカンと、団子と、あとお茶2つな!」
「あっ……はいっ!」

突然、伝票を手に駆けてきた京一に話しかけられ、部員たちの頬が真っ赤に染まる。

紫の矢絣の着物に、紺袴と編み上げのブーツ。
袖をたくしあげる真っ赤なたすきと、小さい女の子のように、無理矢理、ふたつに結んだ髪を、そろいの真っ赤なリボンで飾り、頭のてっぺんには純白のカチューシャ、動くたびふわふわ揺れる真っ白いエプロン。

こんな格好をされたら、相手が誰であっても、1秒で恋におちること確実だろうに、京一は無邪気に、そこらの女生徒より断然かわいい笑顔を、振りまいている。

「あのさ……笑うなよ? 俺、たぶん……部長が、初恋だったっぽい」
「───今の一年二年は、みんなそうだろ」
「……だよなあ」

例年にも増して、男子生徒の客が多い店内を見渡し、部員たちは溜息をついた。

年に一度の初恋の君も、今日で見納め。
みな、最後の艶姿を目に焼き付けるために来店しているのだ。

「……卒業しちゃうな」
「単位危ないって聞いてたから、期待してたんだけどな……」

誰も、気を惹こうとはしなかった。

珍しく京一が部活に顔を出した日、練習を見てもらえれば、年に一度、可憐な姿を眺められれば満足だった。

どうせ手は届かないから、同じ部に所属しているだけで、それでいいと思っていた。

「───卒業式、部長、アレ着て出ないかなあ」
「……無理だろ、そりゃ」
「だよなあ」

枯葉舞い散る秋、いくつもの初恋とともに、カフェは、店じまいになる。

散っていった初恋があったことすら、京一は知らない。




‥ end ‥
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ