みじかいの
□如京の
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■ 月の大通り ■
皆で酒を飲んだ帰り道、ふと気付くと、同じ方角は、僕と蓬莱寺だけだった。
満月が、明るすぎる。
星の見えない夜、前を行く酔っぱらいは、陽気に歌を歌っている。
同行者と思われたくはないが、まだしばらく、道が同じだ。
僕は、おそらく、呆れた顔をしていたように思う。
「───あのさ」
驚いた。
いきなり、目の前に蓬莱寺の酒臭い顔がある。
思わず後退り、僕は大仰に鼻をつまんでみせた。
「酒臭いんだ、君は」
「おう! でよォ、如月」
「酒臭い息を吹きかけるな!」
僕の行く先々に回り込み、にやにや覗きこむ蓬莱寺の頭を、軽く小突く。
「ってえなーもー」
頭を抑えケラケラ笑う蓬莱寺に、僕は肩を落とした。
「用があるならさっさと話せ」
「──あ? そっか、忘れてた」
呑気に首のうしろを掻く、酔っぱらい。どうして僕だけ、こいつと帰り道が同じなんだ!
「……君は!」
鼻先に突きつけられた指を、ぎゅっと握って揺らし、蓬莱寺は何度も頷いた。
「ん。思い出した。お前さ」
「だから何だ」
「まんなか」
意味を為さない単語に面食らっていると、蓬莱寺が僕の手を引いて歩き出した。
「おい───」
「なんか、おまえさあ……いつも、はしっこばっか歩くじゃん」
抗議の声なぞ無視して、蓬莱寺は僕をぐいぐい引っ張って行く。
「何か問題でもあるのか?」
壁際、物陰、身を隠し潜める場所を、気配を消して歩くこと。
危険を避け、人目を避けるには、当然の行動だ。
「あるよ、大アリだ」
「だから、手を離したまえ」
子供の頃からそうしてきた、疑問なぞあるはずがない。
「やだ」
つないだ手を大きく揺らし、蓬莱寺が振り返った。
満月、白い光が、振り向く頬を撫でる。
ふいに微笑まれ、僕は言葉を失った。
「たまに、まんなか歩けよ。ぜってえ気分いいから、な」
答えを待たず、蓬莱寺は前を向き歩き出す。
月の残像、目の前にちらつく笑顔に戸惑う僕を残して、僕の手を引いて、通りの真ん中を、歩く。
「……車も来るし、通行人とぶつかる」
「そん時は避けんだよ」
「目立つことにメリットはない、むしろ身の危険が増すだけだ」
「んなの───」
つないだ手、指先に力をこめ、肩越しに蓬莱寺が笑う。
「どうにかなるって。な」
頭上に月、照らされた道、月が作る影は通りをふちどり、僕は、ふわふわ、月に揺れる髪を見てる。
酔っぱらいの背中。
「───とにかく、離せ」
強引に手を振りほどき、早足で蓬莱寺を追い越す。
それから。
悲しそうな頬をそっと撫で、頬から首、肩から腕へと下ろした手で、いつも広げられている掌を、しっかり、指を絡めて、握りしめる。
「……まぁ、たまには悪くない」
わざと、ぶっきらぼうに答え、僕は蓬莱寺の手を引いて歩き出す。
月の大通りの真ん中、手をつないで、なるべくゆっくり進む。
‥ end ‥