外法帖text
□形見(かたみ)
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結い上げた髪紐を噛み千切れば、赤い髪がほどける、身をよじって此方を向かせ、唇を重ねんとした、その殺那。
「───物騒な」
喉元へと、青白い刃が突きつけられた。
「花代は、てめぇの首ひとつ。嫌ならさっさと帰りな」
微塵も殺気を感じられぬうち、振りほどかれた手は刀で急所を狙いすました。
酩酊も芝居か、いや、酔っていても人ひとりぐらい容易く斬れるというのか。
刀を奪い組み伏せるのもまた容易いが、こいつは、一夜の縁で終わらすには惜しい。
眼下の刃に舌なめずりし、們天丸は名残惜しげに、抱いていた身体を放した。
「……おお、こわいこわい」
ちゃかした笑い声を斬るように、刀を鞘に仕舞う音が響き渡る。
立ち上がり、打ち掛けに流れる髪をもてあそぶ指は、熱く焦がれていた。
「───名を」
襖に手をかけ顧みれば、乱れた衿を裾を直すはだけた肩の、指の白が、色事の後のようになまめかしい。
「せめて、今宵の逢瀬のあかしに、あんたの名を教えてくれんか」
打ち掛けの下から伸びた手は、さかさまに振った空の徳利を、からんと転がして寄越した。
「───お葉」
三味線の音に見送られ、座敷を後にすれば、空は白々と明けゆき、廊下の端から振り向けども、どの襖のむこうに『お葉』がいるのか、皆目、見当もつかなかった。
‥ 終 ‥