ガッシュ
□幸せに
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幸せにしてやりたい
「おぉゼオン、久しぶりだのぅ、最近顔を見せぬから心配していたのだぞ」
そう言って腕を広げる自分の片割れは、満面の笑みを浮かべていて、だからこそゼオンは、底のない恐ろしさを感じていた。
ハグを適当にかわして、自分の為に用意されていたのだろう、ガッシュの向かいに置かれたイスに腰かける。
ガッシュはやや不満げに口をとがらせたが、いつものことだと思ったのだろう、腕を下ろすと、しぶしぶ自分の椅子に腰を下ろした。
侍女が、二人の前に湯気の立つ紅茶を置いていく。 ガッシュが彼女に律儀にも礼を言うのを聞いてから、ゼオンは口を開いた。
「……元気そうだな、ガッシュ」
「うぬ、……しかし、王様の仕事というのはなかなか大変なのだ。皆がよく働いてくれて、私はとても助かっている」
ガッシュは、相変わらず優しい。
表面的には何も変わらない。
けれど、ゼオンには、ガッシュの背後にある大きな闇が見えるようで怖かった。
このままではいけないと、けたたましく警報が鳴らされている。
ゼオンは静かに息を吸った。
「……ガッシュ、お前は、大きな過ちを犯している」
「うぬ? どうしたのだゼオン、そんな怖い顔をして」
美味しいお菓子があったのだ、と駆け出そうとするガッシュの肩を掴んで、ゼオンは、ゆっくりと、一言一言を言い聞かせるように続けた。
「……清麿は、ここにいるべき者じゃない」
ガッシュの金色の瞳が一瞬揺らいだが、それは、意識された次の瞬間には元に戻っていた。
「何を言っておるのだゼオン、清麿はここにはいないのだ。きっと今頃、人間界で楽しく暮らしているのだ」
完璧な笑みをガッシュは浮かべたが、ゼオンにはもう、それはよく出来た作り物にしか見えなかった。
「お前が自分の部屋に清麿を囲っていることは知っている。……いいか、ガッシュ、清麿には、清麿の幸せがある。それは、この魔界では決して得ることの出来ないものだ」
ガッシュは、相変わらず笑っている。
しかし、それはもう、先程までの完璧なものではなく、中身の無い、カスカスの笑顔だった。
「ガッシュ、清麿の為を思うなら、帰してやれ。……元いた世界に」
一気に言ってしまうと、ゼオンは口をつぐんだ。
重い沈黙が流れ始める。
ガッシュは相変わらず笑顔で、ゼオンは厳しい顔をしていた。
「……のぅ、ゼオン」
先に口を開いたのは、ガッシュだった。
笑顔ではあったが、目からは、とめどなく涙が流れていた。
「私は、清麿がいないと駄目なのだ。清麿が愛しくて仕方ないのだ。……狂ってしまいそうな程に、愛しくてたまらないのだ」
頼むから清麿を奪わないでくれと泣く弟を、ゼオンには、これ以上非難することが出来なかった。
END
幸せにしてやりたいのに