世界に零れた月の雫

□拾陸章
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リスクの背後に顕現したそれは、人間の頭の3倍ほどはありそうな岩石のようなものが、リスクを囲うように6つ。中央には穴が空いており、それぞれが、その岩石のようなものの中にうごめく紫電を灯している。
リスクは直立不動のまま空(くう)へと少しずつ上がっていき、身構えるアユムも、自然とその警戒心を強めていた。


「そうだ!、1つだけ、ルールを追加しましょう。私を殺してもアナタの勝ち、というルールを、ね」

楽しそうに言ったリスクのそれが契機、リスクの極具は、砲門のようなモノらしい。中央に空いたそれから放たれる複数の光球は、正面から向かおうとしていたアユムをあっさりと退かせた。
地面を破壊する程の威力は無いようだが、おそらく、アユムを殺せるだけの威力だろう威圧感を確かに、光球の群れが降れば、アユムに回避以外の余地は無かった。アユムが一番気に入らないのは、リスクの高笑いではない、避ける以外に手立てが無い自分に対してだ。

リスクの言ったルールを呑むのなら、滅呪とかいうものを出さなければ、先ず勝負の土俵にすら上がれず死ぬ<負ける>のがオチ、だが肝心の出し方が分からないのだから、どうにも動けない。

「くそっ、バカスカ撃ちやがって…!」

「ハハ、でも避けれるでしょう?
、アナタが反撃の手を思いつくまで、少し昔の事を交えて話でもしてみましょうか」


リスクの軽快な口調とは違い、重厚な連弾は止むことを知らず、余裕を滲(にじ)ませるそれは、アユムに確かな焦燥(しょうそう)を与えていたに違いない。


「今でこそ、こんな程度ですがね、これでも太古(むかし)は、もう少し強かったんですよ、バルドル=エンキに勝てるくらいには、ね。
ですが、いえ、それ故に私の身体は、その性能(ちから)に耐えられなかった。自身のチカラ故に、自身が蝕まれる。己に見合わないチカラとは、そんなものなんですかね。

見合わないチカラなど持つべきではない、それは他者への冒涜(ぼうとく)だ。だから、私は死にたいんですよ。

かつては、私を殺せる者などいなかった。エンキドゥが、マザー・アンと呼ぶ者くらいですよ。だから私は、彼女の敵になった。彼の者<彼ら>も私を制御出来なくなっていましたし、その辺は簡単でした。そして、私を殺す為に、パラド=ルシフというエロイムが創造(つく)られたそうです。だが、私と交わる事なく死んだ。

…あれから幾億、見る影もなくなった私に、エンキドゥはさぞ呆れた事でしょう。死ねない身体、そして、時と共に朽ちるチカラ、かつての好敵手は、いつの間にか私の手では届かない程の差が出来ていた。
どうせ死ぬならば、舞台くらいは選びたいものです。だから、アナタを選んであげたんですよ。パラド=ルシフの滅呪を再現出来る可能性を秘めたアナタを、ね」


時折、自嘲するような笑みをこぼしては、言葉を綴るリスクに、アユムの焦燥感は消えていた。あったのは、苛立ちだ。


「ふざけるなよ…、俺は、あんたの言うパラドじゃない、俺は俺だ」

「そんな事は関係無いんですよ。私の興味は、アナタの中身だけ、アナタ自身では無いんです。アナタがどんな理屈をこねようと、アナタの中にパラド=バーンの因子が存在する事は事実。
それを発揮すれば生き残り、出来なければ死ぬ、単純だと言ったはずですよ?」


有無を言わせぬリスクのそれは、どこかカオルに近いものがあるだろうか?
だが、冗談ではない。自身を自身として認識しない相手に殺されるなど、それこそ死にきれるモノではないのだから。



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