世界に零れた月の雫

□拾陸章
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アレフがこの空間(へや)を支配するなら、それを壊す。そんなあまりにも単純な意思から創造(う)まれた雷の鞭は、部屋の全てを呑み込むかのように暴れるのだ。避ける事が難しいのは、アレフも例外ではない。

避難出来る場所は3つだ。その内の2つは、カオルがこの部屋に来た通路と、アレフが幻術によって隠匿(いんとく)している最上階へ繋がる通路。
そして残る1つは、カオルのごく近辺だ。雷は土の元素からなる地電流が主な要因だが、カオルは、風の元素を主体にしている。威力が凄まじいのは、あくまでカオルの勁力によるものであり、風の元素をコントロールする事で、範囲を上下させているのだから、芯の部分、いわゆる「目」と呼ばれる部分は、この術(わざ)の安全地帯だと言えるだろう。

カオルのごく近辺、アレフからすれば、カオルが動いた隙をつけるまたとない機会だ。これを逃がすはずはない。
――例え、それら全てが見透かされていたとしても。


「…惜しかったな」


カオルがそんな言葉を言い終えた頃には、部屋を包む淡い赤は消えていた。アレフが一撃を打ち込むより早く、カオルの左腕がアレフの胸部を貫いていたのだ。同時に流し込まれた攻撃用の結界術は、アレフに残された勁力をも奪った事だろう。


「…どの道、お前には勝ち目など無かった。…が、一撃を入れるチャンスまで無かった訳じゃない。我慢比べを仕掛けたほうが、先にキレてどうする?」


アレフは答えなかった。ただ、カオルが一拍置いてからこぼした、「セリュール=デルニエの中身を知るから、か?」、という言葉には、一瞬だけ、驚いたような反応を見せた。ただ、それも一瞬の事、目を閉じると、アレフから力の抜けた感覚が伝わってきたのだろう、カオルは腕を引き抜いた。


「…役に立たない駒は、必要ない。安らかに、などと言うつもりもない。
ご苦労だったな、アレフ=タウラ。…塵(ちり)に還れ」


カオルは振り返らない。現れた通路を、ただ進むのみである。




―――アトランティスのバベル屋内、その最上階
無駄に広い部屋にあるのは、壁と天井、そして天井を支える数本の柱、随分にも、殺風景だが、「玉座は除けたのか?」、と問うカオルの言葉からすると、この為に、わざわざ部屋の装飾を除けたのかもしれない。
カオルと正面から向かい合うのは、長い亜麻の髪と黄金の瞳を持つ女性。

着崩した黒と白の縦縞模様のフード付きローブから覗く褐色の肌、整った顔立ちとスタイル、CREARE'Sの総統<マスター>・セリュール=デルニエだ。


「セリュール=デルニエ、お前を壊しにきた」

「…相変わらず、律儀だな。
また会えて嬉しいよ、我が最強の矛・バルドル=エンキ」


睨み付けるカオルとは対照的に微笑むデルニエだが、お互い既に臨戦体制になっているのは確かだ。両者の張り詰めた勁力が互いを、そしてこの空間を確かに揺らしているのだから。


「バルドル、出来るなら私は――
「勘違いするなよ…。
俺はお前の駒になった覚えはない。俺がここに来た目的は、ベラへの宣戦布告と、“セリュール=デルニエ”を壊しに来た事、そして、お前を取り戻しに来た事だ、こいつがな」


張り詰めた空気の中、デルニエの言葉を遮(さえぎ)って出たカオルの言葉、だが、言葉を向けられたはずのデルニエは、何を言ってるのか?、と言わんばかりに、疑問符を示してみせた。もっとも、カオルにとっては、それも想定内だったようで、表情にも勁力にも、同様の跡は見えないが。


「…ま、戦(や)れば分かる事だ。さっさと始めようか」


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