世界に零れた月の雫
□拾陸章
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当然、カオルの思考にもそれはあった。――だから、砕いたのだ。
楔(くさび)となる一撃は、カオルから放たれた左腕<利き腕>からの龍勁・破刃。幾度目だろうか?、それが放たれるより先に、やはりデルニエの光がカオルを捉えた――が、その光は、カオルの左腕こそ消し飛ばしたのだが、先程までと違い、肘(ひじ)から下だけ、また、左腕をデルニエに突っ込めば、普通は、左の肩がデルニエに向くはずだが、デルニエに向いているのは右肩、その右腕は、左の肘(ひじ)を押さえる格好になっていた。
そう、カオルは、デルニエの攻撃を相殺する為に、渾身<左腕>の一撃を、渾身<右腕>の一撃で、撃ち抜いたのだ。
“攻撃の総てを以て防御を兼ねる”という、カオル以外には中々持ち得ないだろう理屈<特権>、そして、通常<セオリー>にないそれは、確かにデルニエの隙(すき)を生み出した。
復元した左腕で、デルニエへ追撃の破撃、だが、隙(すき)があったからといっても、カオルも無理な体制からの一撃、デルニエは、またも紙一重で交わしてみせたのだ。
着崩したローブをかすめるも、直ぐ様にそれらを復元したデルニエだが、その顔は、やや驚いているように見える。それもそうだ、カオルの一撃は、デルニエではなく、その床に向けて、打ち付けられていたのだから。
そして、バベルは砕けた。
カオルが撃ち抜いたその一撃は、その床ごと、バベルを突き崩す程の威力を以て、文字通りに、バベルを砕いたのだ。
崩れる瓦礫に巻き込まれる格好のデルニエとカオル。カオルだけでなく、デルニエに動揺が無いのは、状況を把握し、次に備えているからだろう。そして、状況が全く分からないまま、巻き添えを食ったアユムの、「どうなってんだ〜〜〜!!?」、という叫び声が示した心境は想像に難くない。
―――
崩れるバベルの瓦礫だったが、ゆっくりと床の形を形成し始めていた。瓦礫が形成した床は、バベルの一階に積もり積もり出来上がる。カオルとデルニエが、ゆっくりと着地した広い広いその舞台は、盛り上がった円形の闘技場<リング>のようだといった所か。
その傍には、瓦礫が降って出来た山もあり、アユムが落ちたのは、その山だった。
「……、…!、カオル…!、…マスター…、」
「アユムか。…こっちに来るなよ?、これからもうちょっと熱くなりそうだからな、これが」
デルニエと、衣服が幾らかボロくなっているカオルの姿を視認したまでは良かったが、ここまで間近になれば、先程よりもパワーレーダーの感知具合は更に大きくなる。ついでに、カオルから聞こえた穏やかではない言葉、「…もう、おかしくなりそうだ」、こんなアユムの呟きには、カオルとデルニエの巨大過ぎる勁力に当てられた‐正確には、今も当てられている‐からに違いない。そして、カオルの言葉からしても、ここに落ちたのは、アユムにとっては、ギリギリ幸運だったようだ。
「…さて、仕切り直した所で悪いが、そろそろ決着(カタ)を着けさせてもらうぞ?、こいつは」
自信を覗かせるように、言い切ったカオル。さっきまで、明らかに押されており、状況が変わった所で、戦況が変わった訳ではないのだが…、何か勝算があるのだろうか?
デルニエは、やや微笑みの度合いが、真顔に近付いたように映るが、自身の優位を察知しているのか、やや余裕が伺える。