世界に零れた月の雫

□拾陸章
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―――、



一触即発の空気を纏ったまま、お互いは動かない。




――、何分そうしているだろう?




―――、それとも何時間か経っただろうか?




……、いや、おそらく数秒程度のもので、張り詰めた空気感が、その時間感覚を麻痺させているのだ。お互いが出方を伺うように、ただ、ジッと相手を見ている。
そんな空気を振り払うように、カオルは前に1歩、そして、一気に間合いを詰めた。

放たれた一撃は、デルニエには届かない。しかし、交わしたデルニエの顔色がみるみる内に変わる。足元には、光る真円、その中に描かれた十字。淡く発ち昇る紫電は、そう、カオルの仕掛けた捕縛結界だ。


「バルドル、…お前は…!」


「変形版のグロース・クロイツ、お前の目を盗んでトラップを仕掛けるのは、苦労したがな。
…どうした?、俺の奥の手<とっておき>とはいえ、マザー・アンなら、破るのは簡単だろ。
プールム・パーティクラを同化させ、そこに俺以上の勁力を充填させれば、それの主導権は取れるはず…、マザー・アンならば、一瞬と掛からず出来るだろうそれを何故しないんだ?、こいつは」


デルニエは、カオルを睨むものの、言葉を発しようとはしない。いや、睨むというよりは、デルニエ自身、混乱しているようだろうか?


「“セリュール=デルニエ”、仏語で、最後の錠、か。本来なら、その偽りの衣を剥(は)がすのは、未顕現の極具が顕現した後の予定だったんだろうな、これが」

「偽り…?、違う、私は…、…!」

「直ぐに分かる。…こいつでな」

デルニエの言葉が途切れたのは、カオルが遮(さえぎ)ったからだけではない。それは、橙(だいだい)に淡く輝く無数の粒が、その場に散り散りに漂い始めたからだ。

「これは、パラド=ルシフの…」

「そう、3番の印を持つ粒子系極具、ソール・パーティクラ。
…狙ってた訳じゃないんだが、“あの時”、パラドから奪っていたらしい。ヤツほどに上手くは扱えないが、それでも、その偽りの衣を剥がすくらいは出来る、こいつがな」


その粒が、激しい炎を生み出したのは、一瞬の事だ。デルニエとの間合いを詰め、繰り出されるは、カオル渾身の一撃。


「紅勁・帝破撃・元止(げんし)」

それが生み出した爆炎に、デルニエの姿は弾(は)ぜ、違う女性の姿が奥から覗いた。
それと共に、デルニエを包んだ炎にあるのは、キラキラと輝く何か、炎はその時間を止めたかのように動きを止めると、その光は失われ凍りついた。
カオルが、その突き出した腕で奥の女性を引き抜くと、残るは太陽の光にキラキラと輝く、壮大で、炎のような筒状の氷。僅かに青や橙の色を残すそれもまた、結晶が砕けるように、消えていった。



――アユムがカオルの居る場所へ移ったのは、カオルが抱えていた女性を床に寝かせようと中腰になったのと同じ頃合いだろう。

「…今、何したんだよ?、“帝”の派生なんて聞いてない!…大体……くっ、ああぁっ!?」


どうにも思考と言葉が纏まらないアユムは、自分でもそれに気付いたのか、自嘲気味に吠えた。とりあえず、先程までの巨大過ぎる勁力に触れたせいにしておいて、ため息を1つ。そんなアユムを知ってか知らずか、カオルは、疲れた、そう言わんばかりに大きな息を吐き出し、その場に座りこんだ。

「あんたにも疲れるような事があるんだな…」

そう呟いたアユムは、心底意外だったに違いない。


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