世界に零れた月の雫
□拾陸章
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「“同格”が相手だからな。ま、予想よりダメージは少なかったが、久しぶりに疲れたな、こいつは」
アユムの呟きをあっさりと肯定したカオルもまた、アユムにとって意外だったが、自然とその視線は女性へと向けられていた。
肌が透けるような薄手で淡い緑の法衣、藍色の髪は腰まで伸びる長髪、今までに見た事のあるセリュール=デルニエとは違う姿形のそれが、どうしても気になってしまう。
「死んでるのか?」、そう聞いたアユムに、カオルはあっさりと「生きてる」、と答えるものだから、警戒してしまうが、今は大丈夫、らしい。
「そいつは、シルヴェリー=エンキ、俺の…、まぁ、妹みたいなもんだ。
本来のデルニエ、マザー・アンは、今の地上にはいない。俺の感知する限り、地上に顕(あらわ)れたのは、月が地上に落ちた時と、お前がボロボロにやられた時だけだ。
ま、俺のパワーレーダーは、範囲が狭いから、それで全部じゃないだろうけど、な」
そう言いながら、タバコに火を配るカオルの姿は、いつもより更にダルそうだ。
くわえタバコで立ち上がるカオルに、アユムは、「“帝”の派生があるとは聞いてない」、とこぼしたが、カオルは、「教えてないからそうだろうな」、と、またあっさり返すものだから、アユムも絶句するしかなかった。
「“帝”の派生は、威力がデカ過ぎて、扱いが難しいんだよ。龍勁の“帝”よりタメも長いし、空間そのものを殺す術(わざ)だからな、使える場所も相当に限定される。
さっきやったのも、俺の持つ最高の捕縛結界で範囲を限定した事と、ソール・パーティクラ<極具>の能力(ちから)を上乗せしたから、ほぼイメージ通りにいったから上手くいった…」
「…空間を殺す…?」
「4大元素それぞれの性質を使って、な。さっきやったのは、火の元素、特性は温度変化、プラスに上げれば発火し、マイナスに下げれば凍る。
絶対零度<アブソリュート・ゼロ>は分子の動きを止めるのが限界、だが、あれは空間そのものを、凍結させる。…次元と言い換えたほうが正確か。
あらゆる時間から切り離し、空間そのものを凍死させる、次元凍結<コンプリート・フリーズ>、ま、お前には扱えんからお前の心配はいらんが、な」
アユムにとりあえず説明を入れてやり、「さて、」、と一息着けたカオルはあさっての方向へ向き直すと、「そろそろ出てこい、こいつは」、確かにそう言った。何があるというのか?
「やはり気付いていましたか」
カオルが睨む先から聞こえた少し高い穏やかな男の声、空間が微かに揺れ、コツコツと響いた足跡、カオルらの前にそれは顕(あらわ)れた。
カオルよりは幾らか劣る体躯だが、身長はカオルよりも高く見える。肩の下程度に伸びる白銀の髪を首元で結い、細い眼には鈍い灰色の瞳を添え、その男の白い肌の色を抑えるような上下真っ白のジャケットとズボンは、ややゆとりが見られるか。
「108年ぶり、ですか…バルドル=エンキ」
「ずっと眺めていたようだが、俺に何の用だ?、リスク=レイフォー」
カオルの言葉を聞いた時、アユムは戸惑いを隠せないでいた。リスク=レイフォー、quinque(クイーンクエ)の序列4番。だが、CREARE'S(クレアレス)の中でも、その姿を見た者は無く、当のアユムもカオルから話で軽く名前を聞いた程度、よく分からない男が目の前に、それも戦意を向けるカオルと涼しい顔で向き合っているのだから、無理もないか。
「フフ、、私の用事は、アナタではありませんよ。私は、パラド=バーンに用事があるんです」
リスクのこんな言葉には、カオルも驚いた事だろう。