微睡みの雫達

□双ツト無シ
6ページ/21ページ




「…愛美が?」

「う、うん。宮野が疲れてないか心配だから、今日はいいって」

店に入り、席案内までの途中、結は勇気を絞って、愛美からの伝言を、ワインレッドのエプロンを着けた少年、宮野 夜鷹に伝えていた。シオドラッドの視線の片隅にある男の事もあるので、了解したのだが、戸惑ってしまう。夜鷹からすれば、妹らしくもない言葉なので、当然と言えば、当然か。


「じゃあ、僕はだるまパフェ」

「えっと、あたしは野菜炒め定食」
「私は、このキムチ天津飯というものを」


席に座り、それぞれがメニューから注文を決めていく。シオドラッドは、この夏から始まった新メニュー、「だるまパフェ」、甘味<スイーツ>でありながら、野菜をメインで使用しており、栄養バランスと味に拘った一品だ。結の野菜炒め定食は定番として、藤乃のキムチ天津飯は、多少変わっているだろうか?

「…む、少年!、これはまさか、伝説のカツカレーというものではないのか?」

メニューを広げる中、皆お腹は空いているのだが、その中でもその男だけは、何やらテンションが違う。何が伝説なのかは分からないが、カツカレーである事だけを肯定すると、迷う事なく、カツカレーを選んだのだった。

次々と作られる料理、シオドラッドが、「手伝ってくるよ」、という一言で、夜鷹の皿運びを手伝いに行くが、それ以外は、別段、変わった様子は見受けられない。


「シオ、あの人って…」

「確かな事は分からないけど、もし僕達を狙ってるとしたら、かなり危ないと思う。ゆいゆい達は離そうかと思ったんだけど…、ごめん」

男に気付かれては困るので、あくまで表情はいつもの明るいそれ。だが、囁(ささや)かれるその声は、本当に申し訳なさそうで、夜鷹からすると、シオドラッド自身から「危ない」が、本気で伝わってくるのは、初めての事だったから、一層引き締まるのだが、「それより飯だ」、気づけば、努めて明るく、そう口にして締めくくっていた。

気負い過ぎるな、とでも副音声が流れているようで、「ありがとう」、と、誰にも聞こえないように呟くシオドラッドの心には、普段通り、少しばかりの余裕を取り戻していたに違いない。

――シオドラッドが、カウンターへ行って、1分も経っていないだろう頃、「あの少年、お嬢ちゃんの彼氏か?」、男は、タバコを遊ばせながら、何気ない様子で結に聞いていた。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ