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□断章・8,3
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―断章・8,3‐総ての想い‐―


………




―――私には、何も無かった。

親の顔も知らない。家も無い。幼い時分、気付けば路地裏で独りだった。

たまに、私を哀れんだ誰かが、食料を恵んでくれる事もあって、なんとか生きている状態、哀れむ割には、身なりも汚い私に食料<エサ>を放ってどこかへ去っていく。
何かのうっぷんが溜まっているのか、道端のゴミ箱にするように、私をただ蹴りつけていく人も私にとっては、日常だ。


それでも、不幸なんて感情は無かった。いや、生まれてから誰とも、まともな言葉を交わしていなかった当時の私には、「不幸」という意味さえ、知らなかった。

当時の私にとって、それは普通の出来事、、、つまり、本当に何も、持ち合わせてはいなかったのだ。

いずれ、道端でくたばるのだろう、このまま、ただ死んでいくだけ、もっとも、「死」という概念も、当時の私には分かるはずもないから、真意は定かではないけれど。


どれだけそこに居ただろうか?
何日?何ヵ月?何年?
分からない。言葉に限らず、時間の数え方どころか、数字さえ、知らなかったのだから。


ただ、あの日から、私は変わっていったんだ。“あの日”、私にとっての転機が訪れた日だ。


アーシャリー、彼女に出会ったあの日から、私は初めて、「生きる」という感情を、感触を得たんだ。


路地の隙間、それが、私のいつもの場所。
私は動かない。いや、満足に動く体力など、最初(はな)から有りはしないだけだ。

雨が降ってきた。それが、春という季節にある雨期だと知ったのは、ずいぶんあとの事だが、とにかく身体が震える。身体が寒くて仕方なかった。

ただ、汚ならしい私に、振り向く者などいるはずもない。いや、いないはずだった。
――その1人を除いて。



「大丈夫?…じゃないよね」

私に話しかけてきたのは、少女だった。年の瀬は、私と同じくらいに見えるだろうか?
いやいや、年の瀬は同じくらいでも、私とその子では、何もかもが違う。

幼いながらも愛らしい顔に、クリッとした碧の眼、毛先がやや波打っているのは、雨の影響か、軽いクセッ毛なのか、とにかく美しい金の髪。

中途半端にも、黒に成りきらない亜麻色の髪と、褐色肌の私とは何もかもが違う、金髪碧眼の美少女だった。
ただ、どこか変な子だ。大丈夫、と聞いておきながら、そんな訳ないと、勝手に決めつけてる。

もっとも、言葉がロクに分からない当時の私には、少女の言葉も大体が分からなかったけど。

大丈夫だ。こんな事は今に始まった事じゃない。
当時、もしも彼女の言葉を理解し、自分も言葉を介せたなら、きっと私はそう言っていただろう。


ただ、そんな事よりも、哀しく染まる少女の瞳から、私は目が離せなくなっていた。気付けば、私の目からは、涙があふれていたんだ。
言葉を介せない、だから泣く事でしか、伝えられない。あの時の私は、乳幼児並みだった、という事だ。


少女が、「それ」をどんな意図でしたのか、今も分からない。けれど、少女は、汚ならしい私の身体など、気に止める事なく、私を抱きしめてくれた。

それは、私が生まれてから初めて知った温もりだったと、今でも確信している。



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