光の鳥

□5月15日、
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――西暦2012年、それは気候変動の時、地上の“歴史”は水瓶から双魚へと移ろう時、
それを反映するように、ロンドン五輪を境にして、各国の情勢は少しずつ変わっていく。その兆しとなったのは、先進国の閣僚クラスの暗殺未遂だった。
最初の内は未遂、2020年を過ぎる頃には、後進国の代表格へ、やはり暗殺未遂の手が伸びた。しかし、それは、『彼ら』からすれば、ただの遊びなのだ。


少しずつ、その動きは本格化していく。
2040年が終わりに近付く頃、後進国は各国、代表を次から次へと変えていく。変えど変えど、死ぬのだ。ある時は事故、ある時は自殺、ある時は他殺、その「流れ」が先進国へ移る事に、さして時間は必要無かった。


導かれるように、次々と死へ向かう彼ら、それは、各国間の不信を産み、それにより滅びた国も幾つか存在する。
そして、その拭えない不信は、当然のように対立を生み、西暦2072年、5月1日、混沌としはじめた世界の各国が入り乱れる、大戦争が始まったのだ。
――しかし、それは間もなく、人々の記憶からは離れていく。それ以上の脅威が人々を襲い、結果として、僅か2週間で、事実上の終戦となるからだ。
しかしまだ、"それ"が迫っている事を人々は、知る由もないだろう。







――西暦2072年、5月14日、午前未明、イギリス皇室は、血の海に包まれていた。


広大な屋敷の内外を問わず、次々と切り裂かれた死体の山があった。番犬、番人、軍から派遣された衛兵、先程まで生物と呼ばれたそれは、鋭い刃で一思いに身体の数ヵ所を切断され、屋敷内外に転がっていた。


皇太子夫妻、その間に産まれた8歳と11歳の皇子、女王までもが、その凶刃に倒れた。残るは皇室を束ねるユーリウス公が眠っていた部屋、、当然、そこも例外ではない。

70歳を迎えたばかりのユーリウス公は、ベッドから後ろずさり、「無くなった」腕をおさえている。

部屋には、おおよそ人のものとは思えない、異様なまでの「濃い何か」がユーリウス公を中心として、護るように充満していた。

ユーリウス公の前に立つ、大量殺戮の首謀者と思われる男が、手刀を空(くう)に一閃、ユーリウス公を中心に部屋に充満していた何かは、霧散するかの如く薄らいでいく。
ユーリウス公は、なんとか、男に対して身構えている。が、その身構える事すらも、徒労に終わりそうで、ユーリウス公の表情(かお)には、確かな恐怖が滲んでいた。

ユーリウス公は、怯えるというより、驚いている、といった様子で、男を睨み付けた。
ユーリウス公は、震えながらも、確信しているようだ。そう、暗殺の主犯はこの者だと。
しかし、確かめるようなユーリウス公の言葉も、男にとっては、どうでもよかったらしい。

「…マザー・アンの御名において破壊する…、ただそれだけだ、こいつがな」

その言葉から一瞬、ユーリウス公の身体が揺らいだ。ユーリウス公の身体には異変が起き、まるで、トカゲ人間、とでも言うのだろか?
爬虫類のようなそれに、姿を変えたのだ。


「…アン?…あの裏切り者の差し金か、貴様…」

変貌したユーリウス公の発する言葉の途中、
「裏切り者は貴様達だろう?」、怒気の籠った男の静かな声、それが、ユーリウス公の聞いた最後の言葉。


一瞬…いや、それすら鈍(のろ)く感じる程の速さで走る刃、それを防ぐ術(すべ)をユーリウス公は持ち合わせてはいなかった。
ユーリウス公の身体は、それが果たして人間なのかも解らない姿のまま、斬殺され、暗い部屋に充満する血の薫りに背を向けて、煙草に火を点けると、男は火を放って消えた。


――西暦2072年、5月14日、午前未明、イギリス皇族の屋敷は、壮大な火葬の炎に包まれる。
生存者は0、連日『世界大戦勃発』の記事で埋め尽くされていた一面は、この日、5月14日付けのイギリス各新聞のトップを飾った。



蒼弦
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