世界に零れた月の雫

□弐章
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派手な装飾はされていないが、重厚感のある金属製の扉、ノックノブを手に取り、コンコンコンコン、と規則正しく響く音に、アルテミスは、緊張を強めたのか隣にいる少年にも聞こえる音で、ゴクリと喉を鳴らす。


…………



……………?


返事がない。数秒の間を置いて、コンコンコンコン、再びノックをするアルテミス。規則正しい4回のノック音が終わるか否かの時だ。



…ドドッ!!

扉越しに聞こえる強い物音、扉越しなので、はっきりとは聞き取れないが、男の唸るような声、更に、ガゴッ!という鈍い音が響いた。何かあったのだろうか?


「レイバード様!?、CREARE'Sのアルテミス=オウルです!何かあったんですか!?」


慌てるアルテミスと身構える少年だったが、扉の脇に付く音通口が開くと、
「アルテミス…?、、ああ、開いてるから入っていいぞ、少し散らかってるけどな」、特に何事も無かった様子で言葉が返ってきた…。おそるおそる扉を開くアルテミスだが、少年は顔を見合わせながら、不思議感を隠しきれないのは仕方の無い事だろう。







―第弐章 ‐カオル=レイバード‐―




そこには、身長180cmを越える男、髪は首元程度の長さだが、頭頂から放射線状に白のメッシュを伸ばす藍色の髪、半袖シャツの上から袖の取れた軍服をボタンも止めずに着ており、そこから覗く腕や体つきから屈強な戦士だという事が伺えるこの男こそ、この基地の主・カオル=レイバード、…なのだが、それよりも目を引いたのは、そこに広がる光景だった。

豪華という程ではないにしろ、流石にこの基地で、一番偉い者の部屋だけありそれなりに広い、、、だが、その広い部屋を覆う無数の靴跡がついた白い切れ端を重ねたような絨毯(じゅうたん)…書類とおぼしきそれらが、本来の絨毯を覆い、2つあるソファの一つと、その間にある低いテーブルは倒れ、乱雑に散らかった部屋は、唖然とするには充分過ぎる材料である。

「これで少し?」「ゴミ部屋」等という言葉が、アルテミスの脳裏をかすめるが、「な、何かあったんですか?」、そう訊ねるアルテミスは、「その事」をしまっておく事にしたらしい。
もっとも、平静を装おいきれず、アルテミスの端正な顔はひきつったままだったが。



「ん?、あぁ、、うたた寝してたら、テーブルが降ってきてな、、」


その時に転げたらしいソファとテーブルを直すカオルの返答は、打ち所が悪かったのか?と聞き返したくなるほどに、想像困難な答えだった。

「アルテミス、うたた寝するとテーブルが降ってくるんですね。俺、初めて知りました」

益々、顔をひきつらせるアルテミスとは対象的に、興味津々の様子を見せる少年は、心からの言葉であり、「俺も気をつけないと」、と、大真面目に呟く少年の姿が、痛く映るのは、気のせいではないだろう。

「普通は降ってこないこないからね」
、と、答えるのがアルテミスに出来る精一杯、疑問符を浮かべる少年を余所に確かな心労を覚えるのであった。



位置を直したソファに促され、座るアルテミス達を尻目に、
「レイバードだ、俺の書斎にアールグレイ3つ、レモンもな」
、奇跡的にバランスを保っている、そう言って差し支えのないほどに、書類の山を築く書用と見られる机の椅子に置かれた内線機で、何やら注文するカオルの姿は、「これが当たり前」、と言っているようで、そんな後ろ姿に、ただ苦笑いを浮かべるしかないアルテミスの心中は、想像に難くないだろう。



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